上州「おぎのや」・・・Vol.979

昔のことだが、信州から上京、または信州へ帰郷する時は、信越線を使った。
若かったから車などまだ持っていなかった時代だ。
若かったが、中山道を歩くわけにもいかなかった。

碓氷峠の険しい山中を汽車はゆっくりと下った。
アプト式などと言った言葉がなつかしい。
そんな路線の途中に「横川駅」があった。
多くの旅人と同様に、私もここの駅が楽しみのひとつだった。
それは「おぎのやの釜めし弁当」だった。

駅には、ほかの駅より長い時間、汽車が停まっていたように覚えている。
旅人は、我先にと、“峠の釜めし“弁当を買っていた。
発車のベルが鳴って、汽車が動き出しても、車中から窓を開け、「おーい、こっち、こっち」と叫ぶ乗客もいて、弁当売りが走って手渡したりしていた。
「あれで、代金をもらい損ねたりしないだろうか?」などと余計な心配をしていたものだ。

その後、自分も車を買い、信州への行き帰りには汽車や電車を使うことはなくなった。
高速道路も出来、「おぎのやの釜めし」を心配したが、経営陣が先を読んでいたのだろう、高速道路のサービスエリアや高速道の出口あたりに「おぎのや」が出現していた。

日本で一番最初に駅弁をつくったのが「おぎのや」というが、味も然ることながら社員教育も徹底していた。汽車が走り出しホームを振り返ると、売り終わって空になった大きな弁当を入れていた箱を首から下げたまま、売り子たちが(多分)「ありがとうございました!」と言いながら、丁寧に頭をさげているのだった。
「あれは上からの指示ではないそうだ。売り子さんたちが自分たちで始めたんだ」と誰かが言っていた。

昨日も、入院した弟の見舞いの帰りに「横川のサービスエリア」に立ち寄った。
もちろん「峠の釜めし」弁当を買うことが目的だった。

21釜めしIMG_0915

22おぎのやIMG_0917

昔は「香の物」など付いていなかったようにも思うが、ついていたのかもしれない。
それにしても、こんな一口で食べ終わってしまう量の香の物なのに、なぜか胸弾みおいしく感じるのだから不思議だ。

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