旅の空から[異国の細道]32・ベネズエラ 1・・・深夜特急・・・Vol.71。2014.8.3

国際深夜特急バスに乗って赤道を越えた。
EUCA TURというバス会社がブラジル各地の運行とマナウスとベネズエラの首都カラカスまでを結んでいる。
このバスに乗った。

マナウスからアマゾンを船で上って、ペルーとコロンビア、ブラジル3カ国の合わさる町レテシア(コロンビアに属する)まで4~5日かけて行くか、迷ったが、コナン・ドイルの『失われた世界』のモデルとなった山、ホライロ山をひと目見たくて北上しベネズエラをめざすことにした。
この山は、ブラジル、ベネズエラ、ギアナの3カ国にまたがっており、標高は2810m、ポルトガル語ではホライロだが、ベネズエラはスペイン語圏なので、ロライロと発音する。
もうひとつの理由は、エンジェル・フォ-ルだ。約1kmの瀑布は世界一の長さとなっている。

マナウスを8月1日、現地時間夜8時に出発した。時差があるので、日本時間では、2日午前10時だ。
暗闇の中をひらすら走り、深夜2時にバスは止まった。休憩タイムだった。日本風にいえばドライブインだ。
峠ではないが、峠の茶店といった感じで、土間にテーブルが10コくらい置いてあり、パンとコーヒー、ジュースを口に入れる。ものは、それくらいしか置いてない。
周りは暗い森で、人家や灯りはこの店意外には何も見えなかった。

ここが、赤道直下だった。
旅に出てから、初めて北半球に足を踏み入れた瞬間だった。

朝、7時30分、ボア・ビスタに着いた。マナウスから780km。11時間半を費やしてやってきた。
ブラジルで北半球にある最大の都市だ。

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もうすぐボア・ビスタに到着する。
5時半くらいから空は少しずつ明るさを増し、熱帯サバンナの景色が目に飛び込んできた。

ボア・ビスタ、ここでバスを乗り換えなければならない。
どういうわけか、私の行く町、ベネズエラのサンタ・エレナ・デ・ウアイレンにはEUCA TURのバスは止まらないことになっており、サンタ・エレナに行くには、ここから違うバス会社:RIVAL TURのバスに乗り換えるのだった。
継ぎが悪く、出発は、2日午後3時だった。まだ6時間以上待つ必要があった。

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ボア・ビスタのホドビアーリア(長距離バス・ターミナル)・・・だいたい、どこも、街の郊外にある。

ここで、鶏肉のフエィジョアーダを食べることにした。なにか久しぶりの腹いっぱい食べた気がした昼食だった。
ターミナルの前の大通りの向こうにあったお店だ。

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珍しく、パスタ、ポテトサラダが添えられていた。こんなところで、と、少し意外だった。気が利いていた。

昼食後は、バス・ターミナルの中で、昔のアイス・キャンデー売り屋さんさながらのおじさんが引くアイスボックスから、アサイー・アイスを食べた。うまかった。

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下のアサイーは、マナウス。日曜日に大通りは閉鎖され、そこは、屋台のオンパレードとなる。服、食べ物、雑貨、金魚、何でも売っている。ここで、アサイーを注文した。これは、ジュースだった。食べる、ではなく、飲んだ。

午後3時、バスは出発した。
乗客は3人だけだった。私と現地のおばさん、そしてスペイン人。
じつは、マナウスからボア・ビスタに到着してすぐにRIVAL社の窓口に駆けつけたのだが、そのときすでにそのスペイン人はライバル社の待合室に独特な雰囲気を醸し出して座っていた。ズーット前からいるような、チョット不気味な男だった。旅人なのか、仕事もなくただそこにジット座っているだけなのか?

それでも、6時間以上も、そこにタムロしているのは、私たち2人だけなので自然と言葉をかわすようにはなっていた。
釣りが好きで、立派なつりざおの入った大きな筒を抱え、もう15年も世界中を旅している寡黙な男だった。

このバスが走る区間では、旅人は下車することは許されない、少数民族が暮らす特別区域だと聞いていたが、その民なのだろうか、10人くらい途中でバスを止めては乗り込み、また、あるところで、降りて行った。最初からのおばさんも途中で下車し、最後まで残ったのは、私とスペイン人のほかは2人だけだった。

午後6時半、220kmを3時間半かけて、国境の町パラカイマParacaimaに到着した。
マナウスからちょうど1000kmのバスの旅iだった。

荒涼とした茶色の国境の街、をイメージしていたが、全然違った。
大草原に点在する木々、起伏に富んだ山々もある。
街に近づくにつれ、気分はとても爽快なものになっていた。

終点のバスターミナル、といっても、ガソリンスタンド程度の終着駅だったが、ここでカフェで一服し、割腹のいい男に呼び止められ、ブラジルレアルをベネズエラ紙幣に両替し、つまり闇両替ということになるが、これがないとゲートの向こうからは暮らしていけない。率はいいと聞いていた通りだった。もう少しレアルを持っているべきだった。

バスコ、スペイン人の名前はバスコだった、彼は荷物を山ほど引きずって旅しているので、相当に荷物が重い。ので、ここからタクシーで行こうといったが例の割腹のいい男が、ここのタクシーでは向こうには行けない。向こうでベネズエラのタクシーを拾うしかない、というので、たった2人だけの国境越えが、はじまった。時折雨も降った。
500mくらい歩くと少し賑やかなマカライナの中心街に出た。その向こう20mくらいのところにゲートが見えた。その脇の暗い建物(もう夜になっていた)の前に国境を守る警官が詰めていた。外に机を置き、2人で目を光らせていた。建物の灯りは消えていたが、「イミグレはここだ!」と警官が言ってくれ、イミグレッション・オフィサーを呼んできてくれた。
「ロナウドです!、ようこそ!」、まあ、中へ!と愛想のいい気持ちのいい男だった。パッと建物に電気が点いた。

出国スタンプを押していただく前に、間髪を入れず「エウ、ムイト、ゴストウ、ブラジウ!」と言ってやった。、
若干下心があったが、本心ではあった。ロナウドは、もっといい笑顔になった。

本当に良かった! ブラジル万歳! ありがとう!!!



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日本は秋田竿灯や青森ねぶたなど、夏祭りまっさかりです。先日、保育園のなつまつりが催されました。子どもたちがお祭りマンボの曲に合わせ、太鼓を披露しました。
太鼓の響きが身体に伝わり、心地よくなりました。
引き続き浮さんの旅が安全でありますようお祈りしています。

観ましたよ!20世紀FOX“失われた世界” (^з^)-☆

確か本物のトカゲを拡大実写で迫力満点なシーンに特撮した映画でした・・

最後の場面はよく憶えています・・ギニア高地から脱出すると、地震と大噴火が起り“失われた世界”は一瞬に消え、『そんな世界があったことを証明するものは何も残らなかった・・』といったラストシーンです・・

しかし、ハリウッド流ハッピーエンドなのでしょうか・・ロンドンに持ち帰った恐竜のタマゴから恐竜の子が生まれるシーンで終わります・・これって現実的には物的証拠となるものなのでファンタジー性が失われますよネ・・!?
こんな興ざめするストーリー、ドイルの原作にはなかったのでは・・(+д+)

訂正! m(_ _)m

 ギアナ高地”が正しかったですね。 

 1884年ギアナ高地を探検したイギリスの植物学者が帰国後、撮影してきた写真を使い講演会を開いたところ、その聴講者であったコナン・ドイルがギアナ高地のテーブルマウンテンの風景に感激し自身の小説の舞台にした・・というのが真相とのことです。

 要するに、恐竜の世界ではなく、植物学上の秘境だったのですネ・・いずれにせよ今も秘境です・・“インディー浮雲さん”のますますのご活躍を期待します!

 『失われた世界』を観た同じ映画館で、パティデューク主演の『奇跡の人』も観ました・・(笑)

No title

流石suuさん、多分、読んだり観たりしていると思いましたよ、この反応が、とても楽しみです!