道普請・・Vol.669

私が育った田舎の村では、台風が過ぎ去った後など、村人総出で村道の修復作業を行った。
大人たちはツルハシや鍬などをもって出かけ、私たち子どもは「みちぶしんダ、みちぶしんダ」と意味も分からずはしゃいで親たちの後について行ったものだ。

今とは違い、道はまだ舗装されていなくて、大雨の後などには、大きな石がむき出しになったり、穴が開いたり、溝ができたりで、そんな道を直すのだった。
大雪の降った翌朝なども、村人は総出で雪かきに出た。

今とは違い、村人の多くは農業などで、つつましく暮らし、あるものは豊かに暮らし、定時に出社しなければならない者はほとんどいなかった。だから”総出”もできたのだろう。
自助や相互扶助が必然でもあった時代だ。

凸凹道は消え、舗装道路となって”みちぶしん”も消えた。
今暮らしている私の地域では、代わりに年に2回ほど”ゴミ拾い・草刈り”がある。一応住民全員に呼びかけるが、強制ではないので、出かけてくる者の顔ぶれはだいたい同じだ。年配者が多い。土曜か日曜に実施するが、若い家庭は、こどもの世話などで貴重な日だ、優先度はそちらが高いだろう。やむを得ない。
道路が壊れても、修繕修復は、すでに住民の手には無く、というより手に負えず、諸官庁の手の内にある。何が何でも自分(たち)の手でやらなければ暮らしていけないという必然もなくなった。

東京でも時々大雪が降る。2年前は家の近くでは50cmばかり積もったことがある。
さすがにこの時ばかりは必然で総出に近い。
市の雪かき車を待ってはいられない。ほぼ皆、まず家の前の雪を夢中でかいた。大雪でも仕事に車で出かけなければならない者もいるからだ。まず、家の前に車道を開け、そしてぜんぶの雪の除去へ。総出といっても個々に、自分の家の前を各人がやるという総出だ。家の前を片付けたものは隣に出かける。ご主人が仕事で奥さんが慣れない手つきでやっているところも多いからだ。住宅内が終われば大通りに出る。あそこだけは雪かきをしておかないと危ないという個所をやるのだ。この頃は、ほんの少数になっている、話し合ったわけではないが危険察知個所を共有できるものがいるだけになっている。

”普請”は、禅宗の言葉だそうだ。お寺が、伽藍の整備や農作業など「普(あまね)く人々に請(こ)う」て行ったことからきているという。昔村には家普請(いえぶしん)という言葉もあった。家の建前の時、村人総出で屋根をふくのだ、藁ぶき屋根や茅葺屋根もあったので、それを相互扶助でやるのだった。私の村ではほとんどが瓦になっていたが、それでも親たちは、なにかしらの手伝いには出かけていた。棟が上がると”ごしもち”を大人たちが屋根上から地上に蒔いたものだ。これも私たち子どもの楽しみだった。

今から60年ばかり前のことだ。
思えば、遠くへ来たもんだ! この先どこまで、ゆくのやら!

そうそう、この家普請が、今もやっているところがあった。今春、会津・大内宿で見かけた。
65かやぶき屋根IMG_6591

今日の1曲は、武田鉄矢で!


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