縁側、三種の神器、3C・・・Vol.666

私が小学生の頃、村にはまだテレビはあまり普及しておらず、テレビのある家に見に行ったものだ。「恐怖のミイラ」などを見た夜道、帰り道は、怖くて怖くて何度も後ろや暗闇を見なければいいのに振り返ったりして帰ったものだった。
親公認で、よその家に夜遊びに行けることも嬉しかったのかもしれない。
しばらくして我が家にもテレビが入ったので、その楽しみは終わった。
1950年代後半の頃だった。

この頃”三種の神器”と言われたのが、白黒テレビ、電気洗濯機、冷蔵庫だ。
そしてほどなく三種の神器は、3Cの時代へと移る。
カラーテレビ、クーラー、カーというわけだ。1964年は、東京オリンピックの年。この頃が3Cの時だ。

「あっ、あそこの家もテレビを買ったな」が私たち子ども同士のあいさつのようなものだった。屋根の上にテレビ・アンテナが誇らしげに立つからわかる。無邪気に騒いでいただけだったが、今から思うと、親たちは大変だったろう、と思う。それがアッと言う間に白黒からカラーへと変わっていった。オリンピックに煽られたこともある。リオ五輪前の家電商戦、今の4Kと似たようなものかもしれない。

田舎では涼しくクーラーの必要はなかったが冷蔵庫はいつかは覚えていないがいつのまにか鎮座していた。冷蔵庫が家にきてからの冷蔵庫の思い出はないが、冷蔵庫のない時の笑えない話ならある。
小学校の夏休みの楽しみはたくさんあったが、一つは”アメヤのイっちゃん”だ。母親に強制的に昼寝をさせられて終わるころになると”チリン、ちりん”と音が聞こえてくる。”飴やのイっちゃん”が町からアイスキャンディを売りに来る音だ。自転車の荷台にキャンディボックスを積み、その上に”氷”の旗が靡いている。まるで凱旋将軍の旗のようだった。まぶしかった。確か1本、5円だった。5円玉をジッとにぎりしめて、駈けて行ったことが忘れられない。

忘れられない話は、ズッと年上の姉のことだ。姉もやはりアイスキャンディが好きだったようで、ある日姉が留守の時だった、と母は言う。イっちゃんが来たので、姉の大好きなアイスキャンディを買っておいたのだそうだ。ほどなくして姉が戻ったので「キャンディをかっておいたよ」と母は言った。姉は喜んで飛んで行ったが、そのまま音も声もしない。母が覗くと姉が静かに泣いていたのだそうだ。姉の前のお皿には、キャンディの棒と溶けたアイスのあとだろう、その溶けた水だけが残っていたそうな。まだ冷蔵庫はなかった時の笑えた話だった。「あの時は可笑しかったねえ!」と母は何度もその話をしたものだ。

三種の神器が登場してから、日本から”縁側”も消え始めた、とある人は言う。そういえば、あの頃は鎮守の森でもよく遊んだものだ。お宮の境内では、村芝居なども行われていた。境内には公民館があり、その2階は村芝居の舞台にもなった。舞台にはセリアガリもつくられていたものだ。境内は斜面になっており、2階で演じられる村人の素人芝居が良く見えるようにできていた。その鎮守の森も忘れられつつある。

いま、我が家にも4Kは無いがカラーテレビはあり、車もある、部屋にはダイキンの安いエアコンが付いている。
人工の風などはあまり好きではないが、必要に迫られた時には使う。ないと困るものではある。
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今晩は、ジュリーで1曲 🎶 時の過ぎ行くままに ♪


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