サンドラの家、再会・ママと黒木さん・・・Vol.656

これだから人生は愉快だ
今朝FBを覗いたら、知人がTVに出るとあった。しかし、昨夜の放映となっていた。が、どっこい、好きな番組なので確か録画しておいたはずだと思い早速チェックしてみた。OKだった。録れていた。

1年半と少し前、ペルーのアレキパでお世話になった方だ。サンドラ・ママと黒木ミエコさんだ。バックパッカーの宿をやっている、「サンドラの家」だ。日本人向けの宿だ、いわゆる「日本人宿」と言う安宿だ。
この宿と2人がメインで、TV朝日「こんなところに日本人」で放映されたのだった。

訪れた旅人は女優の川上麻衣子さん。タクシー運転手が「その日本人なら一度乗せたことがある」と地図を書いてくれた。私は「ひょっとして?」と思って見ていたら案の定、彼女がたどりついたのは古い「サンドラの家」だった。実は私が泊まっていたのは、ココ、古い家の方だった。1年半前、川上さんと同じ長距離バスターミナルに着き、私はタクシーで「サンドラの家」に向かった。運転手には、乗るときに値段の交渉をしていたからいくら道に迷ってもかまわなかったが、やはり家の近くに来て迷った。運転手も困り果てだしたので、聞いていた電話番号に電話をかけてもらった。家のすぐ近くをウロウロ回っていたのだった、ので、すぐ着いた。家の前の通りで出迎えていてくれたのが黒木さんだった。

私は、ブラジルを出てからは、「日本人宿」には泊まっていなかった。別に避けていたわけでもなかったが、適当に安いバックパッカー宿を見つけては泊まっていた。ペルーのリマで必要に迫られて初めて日本人宿に泊った。「江田イン」だ。PCが壊れてしまい、日本語で自由に話せる人や修理にたけた腕のいい人がいるかもしれない、というのが泊まった理由だ。

ねらいはドンピシャリ、大正解だった。好青年がウユニ塩湖から「ただいまー!」と言って帰って来た。就職が決まり来春は高級官僚の道を進むだろう某有名大学の学生が、「こわしてしまってもいいですか?」と聞く、私は「今使えないのだから、もちろんOK,すきにやって」と本心で彼に言った、というよりお願いをした。深夜近くに彼は言った「たぶんこれでOKです。明日、いじってみてください」と。翌朝早く、ドキドキしながら触ってみた、OK!完璧だった。その時から私は彼を「先生!」と呼ぶことにした。

そんなこともあり、江田ママ(日本人)の人柄も好きで、またご主人のオルフェさんも良く(オルフェさんにはカラオケバーや踊りにも連れて行ってもらったが)、ここにはつい長居をしてしまった。
旅立つ日、江田ママが「いつかアレキパへ行くことがあったら、サンドラの家へ行きなさい、ここのママと黒木さんという素敵な2人がいるから」とアドレスと電話番号をくれた。
そんな縁で私にとっての2度目の日本人宿「サンドラの家」へやってきたのだった。

江田ママの言ったとおり、素敵な2人だった。
ここにその時泊まっていたのは、修二さんという好青年と昌恵さんという私よりは大分お若いご婦人だけだった。この2人もとても素敵な旅人だった。その後、修二さんとはマチュピチュで、昌恵サンとはクスコで、再会した。

1年ほど前に「サンドラの家」は引っ越しをしている。新しい家は昨夜のTV録画でじっくりと見させていただいた。古い家では修二さんの好きな場所、屋上が、彼が去ったあとは、私の”止まり木”となった。
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ココは昼はすぐに乾くので洗濯物を干した。向こうにミスティ山が見える。
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外出から帰ると犬のミスキーとドルセーがベッドを占領していたものだった。
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いいテレビ番組だった。感謝!今夜はじっくりともう一度見よう!
ママの息子たち、ディエゴやダビッドも元気そうでなによりだった。
みな、お幸せに!

実現はなかなkむずかしいだろうが、きょうの1曲 🎶 また逢う日まで 🎶

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ありがとうございました!感謝です。
いい一日でありますように!

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