報怨以徳・Vol.646

梅雨のあいまに・・・。
梅雨の合間28085755(1)


報怨以徳。怨みに報いるに 徳をもってせよ。

台湾にも日本人が忘れてはならない人がいる。
湯恩伯将軍だ。
終戦時、1945年の上海軍司令官。

当時の上海には、日本へ引き上げる日本兵30万人、民間人15万人、さらに長江上流からは50万人ともいう日本人が集まり出していたという。おそらく100万人以上はいたのではないか。
蒋介石が「報怨以徳」の号令を発し、これを忠実に上海で実施したのが当時の上海司令官・湯恩伯将軍。

当時中国各地では、「日本人への仕返し」が相次いで発生していたが、これで暴行略奪が止んだという。

その後、湯恩伯将軍たちは人民解放軍に追われ、台湾に移る。
将軍は、晩年といってもまだ若き54歳の時1954年、ガンに侵され療養のため来日、しかし同年6月19日東京で死去。
ガン治療は当時日本の方が優れており、日本の恩人のために、来日の労を取ったのが、”影の歴代総理大臣・御意見番”安岡正篤
だったと言われる。

日本人、特に戦後、上海経由で日本に帰国した父や母、あるいは祖父や祖母を持つ方々は、ひょっとしたら今はない、ことになっていたかもしれない。ジャヤワルデ氏の命日11月1日とともに、6月19日も両手を合わせて感謝とご冥福をお祈り申し上げる日なのだと最近しみじみとそう思っている。

スリランカ同様、台湾も、親日家が多い。
台湾の場合、ひとつには、戦時中、台湾駐留の日本軍(特に上層部)が上質だったのではないかという気もする。インドネシアも親日家が多いが、おなじ意味合いで考えられる節があるような気がする。
南米の旅も出会った人たちも極めて快適だったのは、すべて日系の方々のおかげだと思っている、私が日本人だとわかると、皆顔がほころんだ、日系の方々が勤勉で上質だったから日本人に好感を持っているのだなと感じたものだ。感謝である。

信心深いわけではない、ちゃらんぽらんだが、最近ふとj畏まるときがある。
まず仏さまの前に合掌だ、な、と。愚痴や批判の前に、まず感謝だな、と。



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ありがとうございました!感謝です。
台湾の友よ、いい一日でありますように!

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