真田幸村から幕末風雲録、赤松小三郎へ・Vol.630

友人の闇市の買い出し人”風のヤマグチ君からメールが来た。
私は、別に長生きをしたいとも思うタイプではないが、こんな話を聞かされると、まだまだ知らないことが多いなあと、もっともっと時間が欲しいなあと、おもってしまう。

真田丸つながりだが、ヤマグチ君が面白いブログを見つけたと言って来た。
そこで「赤松小三郎を初めて知った」とあった。

この男だ。
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幕末を疾風の如く駆け抜けた上田藩士:赤松小三郎だ。

英国式兵学者、薩摩藩兵学教授でもあり、民主的議会政治の提言などもしている、坂本龍馬より先見の明ありとも言われる、京都に私塾を開き、薩摩、会津、新選組などなど、ごちゃ混ぜの塾生がいたという。京都の薩摩藩邸では、村田新八、中村半次郎、東郷平八郎など約1000人弱に兵学を教え訓練を行ったという。

わずか36歳で暗殺される。下手人は中村半次郎達数人。黒幕に大久保利通と西郷隆盛がいたというが解明されていない。赤松は、薩摩に招聘されるが薩摩の倒幕計画を知り拒否、「幕薩一和」を西郷隆盛らに求めていたという。
大正時代末期、追い叙勲・従5位が赤松に送られている、おかしな話だ。その時東郷平八郎は、恩師の碑に文を揮毫しているが暗殺事件については生涯硬く口を閉ざしたままだったという。知ってはいたのだろう。

恥ずかしながら、闇市風のヤマグチ君に言われるまで、そういえば郷土の傑物にそんな名前の人物がいたと聞いたような聞かないような程度であった。ほとんど知らなかった。早速関連本をアマゾンに注文した。
これだから、人生は、いい! お楽しみはこれから!だ。
ヤマグチ君、感謝です!!

赤松2012-03-2520朝日-赤松小三郎知って_2[1]

幕末を駆け抜けた男たちは、見る人書く人によって、英雄にもなり嫌われ者にもなる。
今日は、新選組、で、2曲、三橋美智也角川博の競演を !




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