定年後の人生、こんなにもいいものとは!・Vol.540

定年してしばらく経ったが、正直、これほどいいものとは思わなかった。
40代、おそくとも50代の初めくらいまでには定年後の人生設計をしろよ、などとよく聞いたものだったが、もともとあまり計画性のないタイプだったこともあり、定年後の過ごし方について計画をすることなく時が過ぎた。そんなことだから、定年後がいいのか悪いのかも正直なところ思うことなかったが、今は、とてもいい、と日々感じている。

人生は遊び、仕事も遊び、とホラ吹きつつも、仕事は面白く、自分では真剣に一生懸命やって来たと自負している。だから仕事をしていた時も楽しくて仕方がなかったが、定年後がもっといいのには今驚いている。仕事をしていた時も気持ちは”自由”であったが、その自由度が増したというか、何か質が違うのだ。

定年後も引き続き2年働いたが、そこでリタイアした。あと1年働くこともできたが、そこで辞めた。1年分の収入を捨て、消費するだけの生活に入った。妻が寛大だったので良かった。というより、言い出したら聞かない性格だからと文句を言わなかったのかもしれない。もちろん私も少しは悩んだ、が、W杯ブラジルは開催年を延期してくれるわけではない、それが仕事を辞めた理由だった。いい歳回りだったのかもしれない。唯一計画的に動いたのは、この時くらいのものだ。W杯開催の1年前に腹を決め、しごとの行き帰り、昼休みと久々に勉強をした。ポルトガル語の勉強だ。ラジオ講座を録音しひまさえあれば聞いた。サッカー好きな仲間とブラジルレストランなどに行って通じるか試してもみた、案外いけた。懐かしい日々だ。今はもうすっかり忘れた。

W杯後にはメキシコや南米を旅してこようと漠然と考えていた。W杯期間中に旅の計画は練ればいいと考えていたが、それはできなかった。W杯後、メキシコは無理とあきらめて、計画性のない南米をブラッと一周する、行き当たりばったりの旅となった。
私のブラジル行きを聞きつけた某新聞社が「取材記事を送れ」といってきたのでその仕事も一応はした。あいつにタバコ代と酒代くらいは出してあげようという温情だったのかもしれない。

そんなことであまり計画性がないまま今日に至っている。南米から帰っても、計画的に生きているわけではないし、あまり金もないのに日々楽しいから、つい、長々と書いてしまった。なぜなのだろうと思ったことが振り返りのきっかけだった。

多くの人が働いている日中によく犬の散歩に出る。今まで知らなかった近隣のひとたちにも多く会う。時々川遊び(河川整備)もする。だが河川整備は、私だけではなかった。出歩き出してわかったことだが、。じつに多くの人たちが、遊歩道の草取りをしていたり、花を植えたり、本当の河川美化をやっていたのだった。皆無償の奉仕活動だ。「○○さんは、腰を痛めて、このエリアまではもう無理だそうよ」などという会話が聞こえてきたりする。ハヤがシラサギやカワセミに食べられてしまわないように川の一部にネットを張って保護している人もいる。こんなひとたちのおかげで河原散策も楽しいわけだ。私は、そんな方たちの末端の末端だが、いちおう趣旨は同じで、道行く人たちが「あら、きれいね}とよろこんでくれることを夢見て市や国の土地を勝手にいじっている。
今はこれだ。
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ハート型にアヤメを植えた。ここは小学生の通学路でもあるので、ハートにした。黄色い花が咲いてくれればいい、咲いた花を見て、登校途中の小学生が気持ちがなごめばいい、と思っている。中には3株オキザリスも植えた。

こんなことやらなにやらで日々が過ぎ、桜が咲けば咲いたねで、夕刻には止まり木で一杯やる、そんな一日が多いが、なぜかむしょうに”いい”のだ。

今日は、川から丘を越えて
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