別子銅山・マチュピチュ東平に着く No.5 ・登山道を行く・Vol.451

第3発電所跡などがある広場から、東洋のマチュピチュと言われるメインの場所に向かう。(NO.4の続き)
歩いて4分ばかりだ。この第3発電所の広場までは車は入れないので登山路の延長といった感じの小道だ。少し行くと魔の前に風景が開けた。
14さらに5分で東平
この写真はアップしたものだが、樹間に遠く見える東平は、確かにペルーのマチュピチュを連想させるたたずまいであった。
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インカ帝国とは時代が違い、使われている素材も石だけではなくレンガなどもある。しかしここの仕事場を中心に昔12000人もの人たちがこの山中に暮らしていたのか、と思うと、感慨深いものがある。栄枯盛衰、強者たちの夢の跡、そして今また観光地として脚光を浴びつつある。日はまた昇る・・・だ。

気が付くとちょうど正午になっていた。霧も出てきて寒い。
人っ子一人いないマチュピチュで昼食タイムにした。彼に言われて買った「お稲荷さん」をここで食べた。売店は全部クローズしていた。当然駐車場には車は1台もなくガラーンとしていた。すべて登山路を教えてくれた彼の言ったとおりだった。
速攻でお稲荷さんと水を胃袋に流し込み、エネルギーを補てんした。時間は12時15分。
9時15分に出発したのでちょうど3時間が経過していた。2時間のコースなので、1時間ばかりを写真を撮ったり休憩したりに費やしたことになる。2時5分のバスに乗るには残された時間はあと1時間50分だ。
マチュピチュ散策を断念し、帰路に就くことにした。
ので、メインの写真は→別子銅山跡の画像 をご覧ください。


帰りはどちらの道を行くか?で迷った。今来た登山路を帰れば登山路入り口まで1時間15分、そこからマントピアまで25分合計1時間30分、楽勝だ。しかし車道コースを行くことにした。マイントピアまで11kmだから、ここを1時間50分でいかなければならない、少しきついが挑戦することにした。理由は2つ、まだ歩いていない道(車道)はどんな道・景色だろうか?というのがひとつ、もう一つは登山路を戻って、急ぐあまり万が一足でも踏むはずしたら一巻の終わり、時間はかかるが安全策を取ろう、ということだった。
車道は、車が来ないので、まん中でもどこでも私一人の専用道路だ、途中の5.5kmまでは。ここであの彼が言った「スマホもつかえるよ」が役だった。Navitimeでコースなどをチェックして歩き始めた。相当な遠回りだ、が安全だ。
歩き始めてすぐに後悔した。戻って登山路を行くかとも思ったが、乗り出した舟、先にすすむことに腹を決めた。2時5分のバスに乗れなければ飛行機のチケットは捨てることになるが、それでいい、と腹をきめたのだった。なぜ後悔したかというと道が上り坂だったのだ、すべて下りと踏んだのだったが、いきなり誤算だ。これは1時間50分ではむりだと思いながら5分ばかり進んだ。峠を登り切っていた。
あとは快適、時々老骨に鞭打って、時々小走りに走ったりして時間を稼ぎに稼いだ。膝を痛めてしまっては元も子もないので若干膝を曲げ気味に、へっぴり腰スタイルで走った。なにせ誰も人はいないのだ。しばらく行くと大分下の方に降りてきたせいかいつのまにか霧は晴れ太陽が顔を出していた。しかし谷底にあるだろう県道49号線はまだはるか下だ。

予定より5分早く、45分で目指す地点5.5km地点、県道に出た。13:00。あと半分5.5kmを1時間5分、たぶんOKだろう!
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左の柵の向こうから下って来た。右が県道47号。
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残すはあと半分5.5kmだ。


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