辞世の句・Vol.418

今日は一日中小雨が降っていた。高尾山「満行」をめざして登る予定の日だったがやめた。
ということで夕暮れには少し早かったが軒下でチビリちびりと飲りだした。
もの思いにふける夕焼雲があるわけでもない、ボヤーとしていたら辞世の句が浮かんだ。
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日々「一期一会」で生きていきたいとは思っている。今日あった人、今日読んだ本、道端で出会った野草、「ありがとう、元気でな、すくすく行けよ」心の底から心を込めて接したいと思って来た。が、悲しいかな、なかなかそうはいかない、アッという間に月日が流れる。明日からは気合を入れよう!で、今。凡人は死ぬ間際に気付くのだろうか。そこでいくつか他人の「辞世の句」などを思い出した。

2008年7月、後輩のJFが逝った。「くせ」があるように見られていたが私は好きな男だった。「5月は薫風の季節。田植えの後の田んぼを吹き抜ける風が爽やかだったことを思い出す・・・」などと彼が編集していた雑誌の編集後記に彼は書いていた。こんなことも引用していた「さつきまつ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」(在原業平)。彼への弔辞を読んだのが同級生のTO教授、彼はこうJFに呼びかけた「JFくん。今日は抜けるような青空です。大空を行く雲のように、ゆっくりと眠ってください。いずれ蓮の上にて、またあいましょう!JFくん さようなら」と。

「人生50年 下天のうちに比ぶれば 夢幻のごとくなり」(織田信長)
「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる大和し うるはし」(日本武尊)
「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ 人も人なれ」(細川ガラシャ)
「武士の猛き心に比ぶれば 数にも入らぬ わが身ながらも」(中島武子・会津22歳)
「君が代は 千代に八千代もよしや ただうつつのうちの 夢のたはぶれ」(三浦義意)

好きなのは、
「つひに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを」(藤原業平)
「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ大和魂」(吉田松陰)
「宗鑑はいづこへと 人の問うならば ちとようありて あの世へ と言え」(山崎宗鑑)
「これまでは 他人事だと思うたに 今度は俺か これはめいわく」(大田南畝)
「別れの時まで 愛はその深さを知らぬものである」 Ever has it that love knows not its own depth until the hour of separation (別れの時が来て 愛の深さを知る)(ハリール・ジブラン) 

でも今、いちばん好きなのは、あの三波春夫の辞世の句

逝く空に 桜の花が あれば佳し

で、今夜はこれ!信州人は。

もうじき、は、ボジョレーヌーボー、だね。

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コメント

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うきさん

私もJFさんが大好きでした。
そのような後記を記されていたのですね。繊細で優しいかたでした。
二女の誕生に立ち会うことができたのも、その大先輩のおかげです。そのことを改めて思い起こしました。

ふじ