いい話3・沼津・・Vol.408.2015.9.10

「三島大社に来たの?なんで寄ってくれなかった!」と電話口から元気な声が聞こえた。

沼津に住む友人が電話をくれた。
久しぶりにこのブログをさかのぼって見たら、私が5月に三島大社に行ったことが書いてあり、電話をしてきたのだと言う。
友人のYSは、最近よく三島大社に行っているのだそうだ。

実は私も沼津のYSの家に寄りたかったが、団体で行ったので個人行動が出来ず連絡もしなかったのだ。
電話での話はあれこれと脹らんで、あの遺跡に及んだ。
卑弥呼の時代、邪馬台国の時代、3世紀の前方後円墳が見つかったのだった。
それもよくある話だが、道路建設中、しかもあと少しで貫通という時だった。

沼津市は土木建築には力を入れるが文化的には遅れているからなあ、とYSは嘆いた。
が、昨日の読売新聞には少し希望の持てる記事が躍った。
IMG_2551.jpg
高尾山古墳という。全長62m。
ホントに両立するといいな!。

その上段には、こんな記事が載った。
IMG_2552.jpg
まさに空白の4世紀だ。

個人的には、邪馬台国があり、その後倭国はまた乱れ、そして大和政権(現在に続く天皇家)が誕生した、という説にくみする。
この「中西、秋津遺跡」もいい話だ。

日本のルーツ、それもわずか1700年前のことが学説的にも解明されない、定番が出てこないことが不思議だ。おかしい。
それほど我が国の学者たちは劣っているのだろうか?
はっきりするとまずいことがあるのだろうか?

ただ、現天皇家の祖先は、やはり宮崎のタカチホあたり周辺から興った、という説もうなずける。一豪族として誕生したのだろう。
神武東征のように宮崎から大分に、そして瀬戸内海をとおり、近畿奈良に到達したのだろう。そしてやがて日本の多くを統一するにいたった。のではないかと思うのだが・・・・。

邪馬台国もヤマタイコクと呼ぶが、これもおかしい。これもヤマト国と呼んでいいのではないか。
卑弥呼のあとの女王:台与はトヨといっているではないか!

生きているうちに、このもやもやを吹き飛ばして、我が国の近い古代のルーツくらいははっきり知ってあの世へ逝きたいものである。

*さらにとなりの新聞記事も印象的だった。
 新国立のすったもんだに関連する。
 いったい日本人は、いつからけじめ・潔さ、をなくしてしまったのか!
 これだけ不始末が生じたら、森(さん)とか、担当大臣とかJOCのトップなど、当然降りるべきだろう・・・?
 あまり飲んでいないが、少し酔いすぎたようだ、穏やかにならなくては・・・・!

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