行雲流水63・鎮守の森2・・・Vol.347。2015.7.19

鎮守の森から。前回Vol.346の続き。

里山14

日本の英知”鎮守の森”その土地本来の植生をもつ”ふるさとの木”などで知られる宮脇昭氏は言う。
”自然には触れてよいところと触れてはいけないところがある”と。

古来より、日本人はその知恵により、神域とされるところ、パワーのある場所などに神社などを建て聖域とし、侵してはいけませんよ、バチがあたりますよ、とわかりやすく言い、自然と木々や緑を守って来た。日本人の英知・魂である。

知ってか知らずか、不思議と、そのような場所に日本人のみならず外国の新興宗教などでも、拠点をつくる。不思議だ。
大きな神社だったり、名が残っているところはいいが、すでに住宅になってしまった所や畑の中のただの丸山になってしまっているところもあり不憫だ。
歴史の彼方に置き忘られ、道路建設などで再発見されるということも珍しくない。

先日、沼津市でもあった。
交通渋滞が激しく新たに道路を作っている最中に発見された。
それも4世紀ごろの、大変大きな古墳あとで、日本古代史にとっても大変重要な遺跡であるらしい。
さて、どうする?

笑えないのは、その古墳の上には神社が建っていたという。きちんと古来からの言い伝えを守って神社があったのだろう。”ここを侵してはいけませんよ”と神社は言っていたわけだ。
ところが、道路建設の為に、さっさと神社は移転してしまっていたというから、笑えない。現在の神主に知識がなかったのか、知恵が欠落していたのか、は、わからない。

ここに道を造りますよ、といったものも浅はかだ。
まず、どういう場所だったか、おそらく調べもしなかったのだろう。つまり郷土愛がなかったのだ。愛があれば、ここが古来どんな場所だったか少しはわかったかもしれない。せめて”鎮守の森”知識くらいを知っていれば、始める前に何かを感づいたかもしれない。ましてや神社があったのだから、宗教家でなくても、何かを気づくべきだった。

地名も単なる符丁(数字)になってしまったところが多いが、古い地名(沼津の場合はわからない)があったとしたら、知恵がない者にも何かを感じさせたかもしれない。
”縁起でもない””血塗られた名前だから”イヤ!もわかるが、大仰に言えば”臭いものに蓋”では歴史の抹殺にもなりかねない。
ちょっといいすぎたが、沼津の場合はそんなことなどを痛感し、今また認識を新たに自己反省をしている。

過去の遺産は当然守り、今生きている人たちの利便性も当然守る。
こんな当たり前のことがうまくいかない。
まず初めに為政者に知恵と見識がなかったのだ。つまびらかに過去と現在を調べなかった。
しかし、こうなれば、さらに勇気ある決断が必要になってくる。金もさらに必要になってくる。が、ここはさらに大きく金をかけてトンネルにするしかないだろう。遺跡の下を通るのだ。
もっといい知恵がでるのかもしれない。
遅いが、いい時期でもあるとして、市民総出で、わが町の古来を振り返り、100年後の在りようを議論すればいい。
時間はないようで、ある。
急いで禍根を残さないように、世界中が見ていたり、あとで知ることになるのだから、さすが、といわれる結果を祈っている。

明日は我が身、とならぬよう、もう少し涼しくなったら、地域(再発見)歩きでもしてくるか。
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