南米の風景16・MachuPicchu マチュピチュ 1・・・Vol.281。2015.4.28

MachuPicchu マチュピチュ Vol.1

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向こうの山はワイナピチュ山。

マチュピチュは北にワイナピチュ山、南にマチュピチュ山、その両山を結ぶ尾根の鞍部にある。
両山は、ケチュア語で若い峰、老いたる峰を意味する。老いたる峰・マチュピチュ山はマチュピチュより600m高く、標高約3000m.。ワイナピチュは約2700m。
そのマチュピチュ山の頂上が次の写真だ。
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頂上近くの道もインカの石組みが見られる。
おそらくインカ帝国第9代皇帝と王妃もここに登ったのだろう!
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マチュピチュ山からマチュピチュを見る。
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マチュピチュをぐるりと囲んで流れるウルバンバ川。川の上流(写真右手)にマチュピチュ村、標高2000mがある。
写真が切れているところは村の下手にあたる。村はここからはじまっている。

野内与吉、彼がこの村の発展に多大な貢献をしたのだ、ということは先日TVで知った。1911年、ハイラム・ビンガムがマチュピチュを発見し、その10年後くらいに野内氏が入村、それから賑わいを増し今のような村になった、彼はこの村の最大の功労者だと村人はTVで語っていた。ウルバンバ川を堰き止め、水力発電も行ったという。今ある温泉も彼が造ったという。ご子息は今も村で最初に野内氏が建てたホテルを経営している。
福島県出身の野内氏の故郷の町民は、10年かかって資金を集め、彼を故郷福島に招待したという。故郷の地を踏んだ野内氏は「電気は付いたか?」が故郷での第一声だった。彼が日本からペルーに向かったとき、日本の彼の故郷の町にはまだ電気が引かれていなかった。
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