南米の風景11・Chiclayo チクラヨ・・・Vol.264。2015.3.27

1400年続いた2大文化の町
モチェシカン
Chiclayo チクラヨ, Peru


リマから北へ約800km弱、トルヒーヨの北約200kmの海岸砂漠に栄えた町だ。
まず、モチェ(モチカ)の王国が紀元前後に興こり、やがて700年ごろに衰退していく。替わって、シカン王国が隆盛を極める。1100年ごろトルヒーヨに誕生したチムー王国に、シカンは1375年に滅ぼされる。そのチムー王国は、やがてインカ帝国に1500年ころ征服される。
インカ帝国は、チムー王国登場より若干前に、中部アンデスに姿を現し、チムー王国を呑み込んだ少し前、1470年には北部アンデスに栄えていたチャチャポヤス王国を征服している。
この時、インカ帝国は絶頂期を迎え、北はコロンビアから南はチリに至る4000kmにも及ぶ大帝国となる。
しかし”盛者必衰”、そのもっとも強大な時、1532年、スペイン人ピサロに謀られ、滅亡してしまう。ピサロの手勢はたったの300人強ともいわれる。インカの軍勢は、はじめて馬を見たともいい、この巨大な動物を御するピサロの兵におそれをなし士気は萎えたともいう。

*サッカー中継のため、中断します。
 続きはあとで。
*ハリル・ジャパン、初戦チュニジア戦、2:0で勝利。おめでとう!
 岡崎1ゴール、本田のアシスト。これで岡崎は代表国際Aマッチ90回出場となり通算得点も釜本の75、カズの55に続いて42得点で歴代3位だ。
 2点目は本田が決める。今までは代表に呼ばれても使われない選手も多かったが、川又も宇佐美も藤春もデビューした。GKも西川を飛ばして権田の起用。球際も厳しく行っていた。新生ジャパン、いい滑り出しだ。明日のスポーツ新聞 は、好意的な記事が踊るだろう。31日のウズベキスタン戦、どんなスタメンでくるか、楽しみだ。

*失礼しました、南米に戻ります。

モチェ王国(栄華の跡)
シパン1
ピラミッド。アドベ(日干しレンガ)で造られているが風雨で崩れ、泥山のようになっている。チクラヨの町の南にある。
シパン2
保存や発掘も続いているが、速度は遅そうだ。
崩れたシパンのピラミッドの向こうの平原にもピラミッドが見える。シカンのピラミッドだ(写真中央、遠くに見える)。
このようなピラミッドが30ばかりある。

ここで発見されたモチェの王、セニョール・シパンは全身を黄金で包んでいたという。
シパン3
モチェは黄金の加工技術に優れていたという。

シカン王国
チクラヨの町から約40km北方にある。途中までは砂漠でこのような風景が続いている。
シカン1

ピラミッドも、森の中に点在している。砂漠から一転して密林地帯の中だが、地面は砂地で乾いている。
シカン3

シカン6
このピラミッドの麓の空き地にも、シカンのおびただしい数の黄金が埋まっていたそうだ。
黄金文化は、モチェ(シパン)から、シカンへ、そしてチムーへと伝承されていく。
シカン2の1
シカン5
残念ながらアドベでできたピラミッドは崩壊が激しい。

現在のチクラヨの街並み。
チク町1
チク町2
チク町3
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マヤ文明、エジプト文明のいずれも紀元前3000年前から栄え、マヤ文明は、起源後に栄え、エジプト文明は、起源善30年前まで栄えたと言われている。どちらも天文学的な建造物(ピラミット等)を建築しているが、現在でも解明できない七不思議の力と能力が必要なものだ。ということは、現代人の前にも、超優れた人間の文明社会が存在していたのか? 核により、幾度も繰り返しているとも言われているが、検証できていない。パンゲア大陸も今は五回目の大陸合体途上であるとか・・・。