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にほん昔話・峠の通勤者は自転車に乗って・・・Vol.2598


昔話と言っても、ついこの間のようなことだ。
ニリンソウを求めて西山峠に向かって歩いていた時のこと、知人Sが言った。
峠の向こう、下ったところに名出(なで)集落がある
集落のある場所は、今は津久井湖畔となっている。
むかし、名出のXおじさんは、この峠を歩いて越えてやって来た。私らの山下集落のハズレに自転車が置いてあり、そこから八王子の町に自転車で通勤していた。休みの日以外は毎日、峠を上り下りしていた

昔は、西山峠の峠道は生活道路でもあったようだ。
城山ダムができる前は、津久井湖は無く、深い渓谷沿いに小さい集落がいくつか点在していたようだ。
その中のひとつ名出集落は、高尾南山稜の南斜面に渓谷を見下ろしへばりつくように在ったのかもしれない、湖底に沈まない位置にあったのだろう。
「昔は不便で人口もドンドン減っていった。今じゃ、ハイカラな家が建ち、屋根には暖炉のストーブ煙突なども多く見える。若い移住者がふえてきたようだ」とS。

津久井湖が出来る前は、名出集落などから対岸に渡るには舟を使ったともいう。
渡っても、今のような賑わいも無く、何もなく、渡る必要もなかったようだ。
近在の大都会・仕事場は八王子が唯一といったようなことだったのだろう。延々と回り道などするより峠を一気に越えた方が手っ取り早かったのだろうか。
「このあたりでも、名出の女性と結婚している人も結構いる。我が家のルーツも名出かもしれない」とS。
名出地域と山下地域は日常的に行き来があり、関りが深かったようだ。

昭和40年に城山ダムが竣工し津久井湖ができる。
吊り橋だった塩民橋は三井大橋に生まれ変わり、名出橋も完成。湖水の南側は道路も整備され賑わいを増していき今日に至っている。相模湖にも、相模原にも、八王子にも車であっという間となった。
ワザワザ峠道を越える人はいなくなった。
気まぐれな人やニリンソウなどを求める人、高尾南山稜踏破を目指す人、尾根を走る人、癒しを求めるハイカーたちで賑わうようになったが、まあ生活のために通る人はほとんどいなくなった。

先日の西山峠には名出方面に降りる道には黄色いロープが張られ、閉鎖されていた。
中沢峠からも降りれるが、ここもご覧のように閉鎖されていた。

2名出への分岐IMG_7109
土砂崩れなどがあり危険なのだろうが、ほとんどハイカーも通らなくなっている名出方面への峠道だから、手もかけらずにこのまま放置され、古道となり、やがてヤブだらけとなり、道は消えていくのかもしれない。
「自転車通勤の名出のXさんがいたことなど、そんな話も俺たちの世代で終わりだな」とSはしんみりと言った。

3名出IMG_7721


令和3年4月21日(水)、晴れ。
TVの「ポツンと一軒家」が好きでよく見ている。
いろんな人生ドラマがあり面白い。「今は、私どもの1軒のみだが、昔はもっと家々があり集落だったんです」などということも多い。藪の林の中に当時の石垣などが垣間見れる。
何のことはない。遠いTVの中でなくても、けっこう近在にも似たようなことがあるもんだ。
山下のS宅から、西山峠に向かって少し進んだ場所もそうだった。
「ここにも以前は数軒家が在ったんだ」とSは道端の藪の中の石垣を指さした。

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