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忘れがたきもの・・・Vol.2555


生まれたところ、小さいころ育ったところ、何故か気になり、それも歳とともに愛着が深まっていくようだ。
望郷、愛郷の念やみがたく・・・で、♪故郷を歌う・・・。
不思議なもんだ。
その頃、その場所・その地域・国で、大きな辛い仕打ちやイジメ・迫害などを受けていたとしたら違ったものになっていたのだろうか・・・。
これは私にはわからない。

都道府県対抗モノ“が嫌いではない。
スポーツでも、クイズでもいろいろな分野で対抗がある。
歳に関係なく若いころから熱が入るのが、甲子園野球だろうか。出場する高校とまったく関係がなくても同じ出身県だということで力を入れて応援してしまう。
思えばあの頃から主催新聞社に“差別”を植え付けられたのかもしれない。他県を攻撃するわけじゃあないが「他県の高校には負けてほしい!」とは思ってしまう。
国対抗モノ”も嫌いではない。平和の祭典にしようということを否定はしないが、オリンピックなどはその頂点に立つといっても過言ではないような気もしてきた。
国内にいる異邦人は別として海外からの観客や応援団は“なし”の方向で固まったようだが、コロナ禍の五輪を機会に国別対抗の要素を薄めて“災いを転じて福に”する時なのかもしれない。

話が脱線した。いつものことだ。で、戻す。
友人が先日「本をネットで買った」ことをブログに書いていた。
送られてきた本の包装を見たら「何と長野県の佐久市の古書店からだった・・云々」とあった。
佐久は私の故郷だ。
「おお!」というわけだった。何のことはない、それだけのこと・・・。

でも、それだけではなかった。続きがあった。
取り寄せた本は『古道』で著者は藤森栄一、長野県・諏訪出身の考古学者だ。縄文農耕論を唱えた。
藤森姓は諏訪や茅野市に多い。今も付き合いをしている友人に藤森クンがいるが、彼は茅野市生まれで今もその近在で商売をしている。
本を買った友人は藤森氏の違う本が欲しかったようだが、幸い「古道」が私の興味を誘った。
本の1頁が載っていた。そこには、いつかの時代の信濃の地図があった。今の上田から諏訪湖あたりも載っていた。その地図があったことも私にはご機嫌だった。辰野町・岡谷市など知っている地名も多い。地図を見ることは大好きで趣味のようなものでもある。それだけでもあれこれと想像が膨らむが、知っている場所が出てくればなおさらのことだ。
本のテーマも興味が湧いた。どうやら諏訪へ出雲族がやって来た太古の一説がらみが書かれてもいるようなのだ。こんなテーマも大好きで素人のムシクイのようなものだが『古道』を買って見るかなどと即思ったものだ。諏訪大社の御柱なども頭に浮かんだ。
霧ケ峰高原にも即考えが飛んだ。ココには八島湿原など2万年前からの遺跡などがある。御射山遺跡、御射山社と言った諏訪大社の支社だった場所が今も残り、江戸幕府が始まる直前までは大いに賑やかだったという。その頃の地図も残っている。本州最大の黒曜石の原産地で、太古から全国各地との交流が深かっただろうことが推測される。今も、男女倉には「黒曜石の水」と称する名の知れた湧水があり、帰郷の折には義妹が「美味しい水でコーヒーを」などと言って、少し遠いが黒曜石の水を汲みに行くこともある。

藤森クンはどうしているかな? 素敵な「蓼科の風光」をブログで魅せてくれている諏訪のだちょうサンは?住まいは相模原らしいが、霧ケ峰高原などの風景を楽しませてくれる「四季の華」のビューポイントジャイロさんは?などと「古道」から瞬時に諏訪・霧ヶ峰・縄文といろいろなことが頭をよぎった。
茅野にある縄文遺跡「尖石遺跡(とがりいし)」を思い出したところで一息ついた。

尖石遺跡の写真があったはずだと思い探した。出て来たのは2007年に訪れたときのものだった。5月の連休だった。遺跡の名前になった尖石の近くにはタンポポと桜の花が咲いていた。

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令和3年3月22日(月)、古道からいろいろなモノ・ヒトが飛び出して来た。午後4時、小雨。
大相撲、昨日は1敗同士の対戦・好取組があり、高安が照ノ富士を寄り切った。高安は上手い相撲を取った。差し手争いは高安のもろ手刺しで高安。結果は照ノ富士に剛力を出させない取り口で高安の上手さが勝った。これで1敗が1人、2敗が2人。前半戦を終えての予想は高安が優勝に一番近くなり、おそらく照ノ富士も二けた勝利で来場所は大関昇進となることだろう。優勝ラインは2敗か、3敗となれば混沌としてくるだろう。


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