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旅立ち・・・Vol.2541


昨日は3月11日で東日本大震災から10年という日だった。
連日新聞やTVなどが関連記事やニュースを流しているが、改めて涙涙だ。
子を亡くした親、親を亡くした子、避難行動に失敗して亡くなった引率教師と従わざるを得なかった子どもたち、災害の、というか人生の、“むごさ”を改めて実感させられている。
すべて許せる日などは決して来ないのだろう、私などは祈るほかないが、せめて風化だけはさせてはいけないと想いつつ・・・・。

午後は、緊急事態宣言下で活動自粛中だったが、人数に留意しての会合があった。年度末故、やむを得ない。1時間以内を目途の会議だったが、その時間内に2時46分となり、黙祷をささげた。

午前中は、これもやむを得ず病院へ行って来た。前もって検査の日と決められていたのだ。
癌も疑われて、“念のために”というような調子で、かかりつけのTクリニックから総合病院Aに回されて検査や治療を続けていたのだが、この病院Aで前回は「ウム、数値は良しっ!」と若い担当医Hは言い、もうここAには来なくてもいいと言いたいところだが“念のために”(最終)検査をしようとなって、昨日がその(最終)日だったのだ。結果は「うむ、卒業!」とH先生は高らかに宣言、「数値はコレ。ここまで下がっているので問題なし!」とおっしゃる。
結局、元のTクリニックへ戻ることとなったのだった。想定外が流行っているので、心配がないわけではなかったが、結果は若いH先生の見込み通りだった。

やあ先生、このA病院に来なくてよいといわれると嬉しいようなチョッと寂しいような気分ですよ」と私。
「よかったじゃないですか!」と先生。
「ところで」と先生。
実は私も、病院は卒業なんです」と先生。
意味がチョッと解らなかったが病院を辞めるらしい。
「えっ、先生はまだお若いから定年ではないですよね・・・」と私。
「ええ。生き方を変えてみようと思っているのです」と先生。


お礼と若いH医師の今後に幸ありますようにと言って病室を出た。
大空へ飛んでいきたいような気持がしたもんだ。

1防鳥フィルムIMG_7503

渡り廊下の窓に貼られた防鳥シールが、まさに今、大鳥が羽を広げ旅立とうとしているようにみえたのだった。

令和3年3月12日(金)、曇り。午後7時半。
そろそろ、またコロナ禍での卒業式が始まる。否応なく新しい旅たちが始まる季節だ。

今日は松山千春で ♬ 旅立ち ♬


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