ちょっといい・ひと 14・・・ペルー 3 ・・・Vol. 225。2015.2.3

1年中温暖で晴天が続く都市アレキパ土地と同じで人も暖かい

ペルー7
黒木さんメリッサ。奥に見えるのがサンドラ
ここは「サンドラの家」というホステル。オーナーがサンドラだ。メリッサはサンドラの友人の娘、毎日のように遊びに来る。
黒木さんは九州出身で、7年ほど前に旅人としてここに泊まり、気に入ってしまい、ここに居ついてしまった。今はアレキパの企業に勤めており、空いている時間は、ここを切り盛りしている、といった感じだ。サンドラの3人の息子にもとても慕われているようだ。
サンドラはじめメリッサの母・マルチェーラも皆大の日本びいきだ。そんなことで、ここはいわゆる”日本人宿”となっている。

ここには先客がいた。2人とも世界中を旅している日本人だった。
ナイスガイの舟山修二さん、そして素敵な伊勢昌恵さん。
修二さんは、私が着いた日に、マサエさんと私を連れて、街中への行き方を含めて、セントロを案内してくれた。
彼は私と反対回りで、先日のフェイスブックでは、ブラジルのレシフェまでやって来ていた。
ペルー23昌枝さん
左から3人目がマサエさん。
息子2人に手がかからなくなったこともあり、元気なうちに好きなことをやってきたら、というご主人の寛大な了解もあり、ひとりで旅をしていた。まるで私の逆パターンのようだった。ただ、彼女は私よりは、多分、大分若い!当然ご主人は、まだ定年に至らず、日本で働いている。できた方だ!ホントに驚いた。
覗いたわけではないが、近況を含めたラブ・メールは毎日欠かさず交換している雰囲気だった。

バックパッカーには3種類いるように思う。
一つ所に2~3泊して、次に向かってドンドン進んでいくタイプ、居心地がいい所・宿が見つかればそこに長居をするタイプ、そしてもっと2か月とか数か月とか居つくタイプ、だ。マサエさんは第2のタイプのようだった。
私は今回は第1のタイプだった。本当は第2、第3がいいのだが、一応年内帰国とボンヤリ決めていたので、時間の関係で少し急いだ。もっとも気が付いたら10日も経っていた所もあったが。

マサエさんは、彼女が発明したスグレモノと一緒に旅していた。
南米で私たちが泊まる宿は、どこもすべて水が豊富にあるというわけではない。当然水道の水が飲めるところはない。
水が出ないところもあった。当然、トイレにウオッシュレットがある、などということは皆無だ。ペーパーもすべて籠に入れる。詰まってしまうからだ。
マサエさんは、ペットボトルを改良し、ウオッシュレットを作っていた。生活の知恵、旅の知恵、というやつだ!ペットボトルひとつだから、移動時にも楽だ、水を抜けば軽い。

修二さん。
unnamed[1]
(これは彼のフエースブックから借用)こうやって見ると、なんか、坂本龍馬のようだ!

アレキパからコンドルを見にコルカ渓谷に行った。そこにも陽気ないい奴がいた。
ペルー8
泊まった宿の2軒隣のレストランでアルバイトをしていた南アフリカからやって来ていた若者
彼のすすめるアルパカ料理ももちろん美味かった!
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