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ロクデナシと志②・・・Vol.2348



さて中道益平だが、“あんま“を生業として生計を立てていたが、第2次世界大戦末期、ある日客に言われる。「配給の雑炊の長い列に、あんたと同じ目の見えない人が、列から蹴飛ばされるように弾き飛ばされていてあまりにも惨めだ、なんとかならないものか」と。混沌とした時代のことだ。
心に火が付いた中道。そこから中道の烈しい熱い人生が始まる。
愛盲運動・障害者支援を自らの使命として命を捧げていくことになる。
・・・・(紆余曲折有。時代は飛ぶ)・・・・・・・
昭和32年、障害者施設を設立。9年後に日本初の二重障害(目が見えず、かつ知的障害をもつ)者の施設を設立する。

『雑草に支えられて』と題する本が昭和42年に刊行されたが、その序文に若狭出身の作家・水上勉が書いている。
「中道さんに初めてお会いしたとき、印象は極めて強烈なものがあり、全身意志の人である思いがして、私はしばらく、全盲のこの人の顔を見つめていた。しなければならぬ仕事を己に課し、幾多の苦難を乗り越えて、2つの施設建設に挺身し、こつこつとやり遂げた。これが、全盲の人の成したことであるかと気付いて、声を呑まずにおれなかった。同郷の後進として、私は氏の爪のあかでも呑んで、これからの人生を考えねばならない」と。
この4年前に水上は『中央公論』に「拝啓池田総理大臣殿」を掲載している。東京五輪の1年前だ。

中道は施設建設資金などはゼロ。篤志家に頼ったわけでもない。
1本10円(仕入れ値5円、寄付分5円)の鉛筆を35万本売り、元手としたという。
「そんなもん売れるか!」などとバカにもされたが中道は売り切ったと言う。
後にヘレンケラーのような「三重苦の人」の為の施設も作っている。
現在、事業は拡大し、鯖江市と越前町に欠かせない地域の施設へと発展している。
中道の信念・遺言である「施設は社会共有の財産、福祉は脱世襲」を貫き、代々トップはこの遺言に背くことなく「次代の者に無事バトンを渡せることを幸せに思う」と言っている。

1カサブランカIMG_6486


令和2年6月11日(木)、午後2時、雲り、時々雨。
一昨夕の迷走が尾を引いた。ロクデナシで気楽のつもりが真面目にまた考えてしまった。
たまにはいい、気分が爽快になる。滅私奉公ならぬ滅私奉他の人もいる。捨てたものじゃない、日本の品格だ。
「民度も高い」と言いたいところだが、誤解されてもマズイ。
庭のカサブランカも昨日咲き出していた。

志村けんとの友情に応えてか、「キネマの神様」にジュリーが替わって出るらしい。楽しみだ。
ジュリーにあやかってカサブランカ・ダンディーとも思ったが、やはり歌は自分らしく ♬ ろくでなし ♬
で行こう。


今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
早く安心安全な日々が訪れますように! では、また。





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