はじめに4・「はじめに」の前・・・Vol.22・・・2014.5.12

5月12日、今朝は早く起きてしまった。
子どものころの遠足に行く朝と同じだ。なぜかどきどきワクワクする。
日本代表発表は、午後の2時だ!

時間がまだたっぷりあるので、定位置で、あれこれ思案していたら、大事なことを忘れていることに気がついた。

このブログを始めるにあたっての口上は、最初の「はじめに~夢の続き・旅の再開」に書いたとおりだが、ブログをやろうと決めたのには、2つ理由があった。
1人の強い脅迫(おすすめ)と1人の素晴らしいブログの存在だ。
2人とも知り合ってから少し長い年月が過ぎたが、今も懇意(?!)にしていただいている。と思っている。

1人はHSで、彼の知人が1年間シンガポールに行っていたときのこと、その知人は毎日のようにブログに書き綴ったり写真を載せたりし、とても良かったし役立った、と言うのだ。私は、旅先の気に入った風景などに出会ったら、絵葉書くらいは友人・知人に送ろうと、住所メモだけは持って行こうとは決めていたが、ブログなど思いもよらなかった。
「絶対やりなさいヨ!」と飲むたびにHSは言う。「安否確認もできるし!」

HSは、私とは旅のスタイルは違うが、大の(海外)旅好きでもある。詳細に情報を集め、無駄な経費を抑え、かつお洒落な旅をする。
「からだが動くうちヨ!」「今デショ!」と、こちらの件でもまた強く言う。
ブラジル行きについては、私もある時期で心に決めていたから、納得。しかし、ブログは・・・?・だった。

もう一人はMIだ。
彼は、だいぶ昔からブログを開設していた。なにか難しそうな名前の「電脳六義園通信所」、わかりやすいタイトルの「僕の寄り道」などでアクセスできる。
私は、このブログのフアンだった。もちろん今も。
(*勝手に、私のブログのリンクに貼り付けさせてもらっているので、ぜひ見てください)
難しいことも書いてあり、読み返さなければストンと頭に入らないときもあるが、楽しくて、早く続きを!ということのほうが多い。プロだから当然、といってしまえば実も蓋も無いが、写真や手書きのスケッチが、また、実にいい。
彼は、『清水』という季刊誌にも関わっており、硬派ないい雑誌だ。
いつだったか、馴染みの書店のおばさんが、「このコラムのファンなの」「泣かせるのよ」と言って某雑誌を見せてくれた。『ブリコラージュ』という介護関係の雑誌だった。それはMIが書いていた。

MIがブログをやったら、と言ったわけではない。
あくまで、言ったのは、HSのみだった。
結局HSの”脅し”に屈服し、今年に入って腹を決めた。背景には、MIのブログへの”いいなー”という憧れがあったのだと思っている。

ブログ開設の直接の契機は以上のとおり。
今、お2人にとても感謝している。あらためてお礼を言いたい。本当に有難うございました!

老後の楽しみと言われ、自分も好きだったTVの「水戸黄門」は終わってしまったし・・・、旅の後は?と、ちょっと不安をかかえてもいたが、このブログのおかげで、今は、なんとか生きていけそうな気がしている(!?)。
本番前に練習のつもりで書き始めたが、今、面白くてタップリ嵌っている自分がいる。
嫌いではなかった!

余談だが、このHSとサッカー好きな後輩2人(TH,SS)とこの3月に4人で飲みに行った。
青山通りにあるブラジルレストラン「BarBacoa」だ。
「ポルトガル語の実践をしなくっちゃ!」とHSが以前から盛んに(また)”おすすめ”をしてくれていたのだ。
「いつ行くのヨ!」のHSの一声で、即THが予約を入れた。
サッカー談義と美味しい肉ピッカーニャで満足したことはもちろんだった。
ポルトガル語も単語はいくつか通じた。

本当に、HSは、脅しではなく、私のことを心配してくれていたのだった。
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