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土と石と木・群馬の人・・・Vol.2308


ある日恰幅のいい男がやって来た。
ちわー、石屋です」と言う。

豪勢な石庭を作る気もないし金もない、そんな面積もない。
でも、なんだかんだと茶飲み話などが続いてしまった。
“流し”の庭師・石屋だなとすぐわかったが、話が面白い。
全国股にかけた商売の話を“ただ”で聞かせてくれた。
真打ち噺が「高尾山薬王院。あそこの巨大石は俺の爺さんが運び上げたんだ」だった。
爺さんが話してくれたんだがと前置きしつつ、どうやって運んだかと自分が見ていたかのように熱を入れて話す。
そのうちに「フーン、そういうやり方だったか」などとつい話に吸い込まれる。
トドメが「俺の出は群馬の○○町、名前は○○、今でもお袋が○○の店を開いている。今の宿は高尾の○○旅館」と個人情報の開陳だった。

そんなことがあり、石庭づくりは依頼しなかったが、いろいろと雑木は植えてもらった。ツツジなども植えてくれた。座敷前の縁側に踏み台用の石も置いて行った。
いつだったか、家の前で停まった車からクレーンに吊るされた石が我が家の座敷前近くまで宙に浮いていた。
「おいおい、どうしたんだ?!」と石屋に云うと「俺は本業は石屋だからね!と笑って意に介さない。
結局デンと置いていった。

やがて時が経ち縁側の木が腐りかけて取り払ったが、この縁石が結構重くて私の力では動かせなかった。
息子と2人で、ずらしずらしてやっと少し動いた有様だった。

石屋はマメでしばしば夕暮れ時などに勝手に入り込んで植えたツツジや木に水をかけていた。
「これも商売の内」と笑う。
数か月八王子にいただろうか。あちこちで商売が出来たのだろう。
「うちも話に乗せられてヤマボウシを植えてしまったよ」とか「うちはシャラの木を2本」「うちは芝生とモミジ」と、近所の飲み仲間だけでも数軒が彼の仕事だった。
我が家は“いい広告塔”だったようだ。
それにしても、あれから30年ばかり経つが、どこからも苦情はない。近所の庭の彼の木は皆スクスク育っている。
唯一の救いだ。

商売は違い生き方も違ったが、なぜか“馬が合った“のだろう。
石屋とは八王子の街中の居酒屋で飲んだりもした。
向こうは、鬼のいる世間をたっぷり渡り歩いてきた強者、こちらは普通の会社員。
「やめておいたほうがいいじゃないの?」と妻は言い、私も「何か魂胆があるのでは?取り込まれるかな?」などと少し怖かったが、酒の席は何もなく茶飲み話の延長で、ただただ楽しかった。

私は先輩が商売として扱っていたホウロウの釜をもらって持っている。バーべキュウ―などに威力を発揮する。
「裏庭に、少し地面を掘ってその釜を真ん中に置いて、回りを芝生で囲んで椅子などを置いたらいいじゃないか」と石屋が言った。「おお、いいね!」で話はまとまった。

裏庭には水道を通してなかった。
まず水道管だということで石屋が作業を始めた。
隣家の親父Kも、頼みもしなかったのに、いつの間にか一緒になって水道引きを手伝っていた。Kは器用で、当時、自宅の母屋隣に家を手作りしていた。6畳二間の部屋作りだった。完成後見たら母屋から出入りできるようになっていた。
私が仕事に出かけているうちに、石屋と気が合っていたのだろう。

無料の水道工事が完成し、「裏庭の土を入れ替える。周りに野菜でも作るといいから、いい土を持ってくる」と石屋は言った。

ある日、仕事から帰ってみると、玄関前の駐車場に山のように土が置かれていた。
「どこへ置く?」と言うので「車をどかすから、ココへ」と妻は言ったそうだ。
土の上には一輪車やハンマーなど彼のこれから使うだろう商売道具が置かれていた。

それっきり石屋は姿を見せなくなった。
病気でもしたかとか、何かに巻き込まれたかとか、心配な日々が過ぎて、やがて普通の日々になった。


それでも一度、ネットで調べて石屋の明かした個人情報を確かめたことがある。心配したことは事実だが、情けないかな半信半疑で、すべて嘘だったのでは、単に人のいい?私が騙されただけだったかもしれない・・・。と思いもし、電話をした。群馬県の○○店だ。電話口で「はい、○○の母ですがなにか?」と石屋の母が応えた。「いや別に用事ではありません。以前、お世話になったもので、いらっしゃればと思っただけでス」と言って電話を私から切った。
高尾山薬王院にも爺さんの話を確かめようかとも思ったが、それも辞めて今に至っている。

夢だったかと思ったこともあるが、彼の植えた木や置いた石は現に今もある。
時々、近所の仲間も「浮雲さん、彼はどうしているんだろうかね」などと懐かしんで言う。皆、きちんと金は払ったというから、そこそこの小商いは成立していたのだろうが、私は今でも不思議だ。
実は、私は彼に金を払った覚えがないのだ。

会ってまた、バカ話に花を咲かせたいものだ。
ただし、「忘れてた。これが請求書だ」などと蒸し返されてはたまらないが・・・。
いずれにしろ、フーテンの寅のようにどこかの空の下で「ちわー、石屋デス!」などと元気にやっていればいいのだが・・・。

令和2年4月晦日(木)、午後7時。今日も晴れ、会う人ごとに「暖かいですね」などと遠慮勝ちに言葉を交わした。
今夕は、石屋が植えたヤマボウシの下に椅子を出し、小脚立をテーブル代わりにして止まり木とした。
1脚立でIMG_6344


(^^♪ フウテンの寅 ♬



今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
早く安心安全な日々が訪れますように! では、また、明日。





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