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教訓・・・Vol.2278

八戸是川、2004年9月、縄文の祈り。
八戸市是川20140702-111016[1]


温故知新など改めて過去に学ぶことなどの大切さを思っている。
世界では知者が「100年に一度あるかないかの危機、見えない敵との戦争だ」と言っている。
その戦争も日本人の多くは忘却の彼方。海外の人のようには私も含めてピンとこない人も多いかもしれない。
水も電気もある。「命の問題だ」と言われても身の回りに感染者等が出ないと実感がわかないのもうなづける。「勉強が遅れる、差がついてしまう」ごもっともの心配だ。だが「そんなもの、どうってことはない、死んでしまったら勉強なんか何の役にもたたないぞ」というそれなりの立場にいて影響力ある人でそう言うことを言う人はいない。批判が怖いからだろうか。あるいは、ひょっとしたらこのまま危機が去るのではなかろうかと思っているからかもしれない。無事に日本の対応が成功するに越したことはないが、海外から盛んに危機を訴えるヨシキの感覚の方が正しいように思える。
今日の朝刊にミラノ在住のジャーナリスト内田洋子さんが書いていた。

「有史で最悪の疫病は1348年に広まったペストで、人類の3割が犠牲となった(日本が人口1億人として3000万人が死んだ勘定になる)。海運業で繁栄していたベネチア共和国は、外からの船団を40日間、干潟のひとつに強制停泊させた。これが感染症の隔離と保健衛生学の始まりとされる。当時の古文書には医療専門家たちの指示に従い、経済の利害を優先させず、パニックに陥らないことが重要だと記録されている。今、皆がバルコニーに出て歌を歌っているのは、単にイタリア人が陽気だからではない。(孤独な者、寂しい者を)独りにさせない。隣人を気遣い、安否を確認し合う。泣かないために笑う、からなのだ。大統領と首相は言う『生きていたら、経済のどん底からも必ず立ち直れる。物事の重要さの順位を肝に銘じ、弱い人を守り、他人への責任を果たしましょう』。この言葉を受けて自宅待機を続けるイタリア国民が、ウィルスに侵されてなるものか、と一生懸命に守ろうとしているものは、人としての品格ではないか」と「涙より笑みを イタリアの品格」と題して書いていた。()内は浮雲。

令和2年4月7日(火)、午後6時半。スーパームーン前夕。
海外のニュースなどを見て、一面的に「へーっ」などとみているが、もっと深読みをしないといけないな、などと教えられた朝の新聞だった。それには、やはり「知」の蓄積か。「酒」と「煙」だけは溜めたが・・・。ただ、煙だけはまだ禁煙できていないが、人前だけは吸わないようになってきた。「今、止めても、いままで吸って来た人は、もう遅い」とTVで言うようなドクターがいて「ナーんだ、もうだめか」と他人のせいにしている気持ちも少しある・・・(いいわけだが)。
そんなことを思いながら、止まり木で一杯飲っている。
2止まり木IMG_6246

草むしりのご褒美でノビルが収穫できたので、いつものピーナッツとノビルが肴だ。あいかわらず安上がりではある。さて、わが国のトップは何を語るのだろうか。月も昇って来た。
1満月IMG_6250

今宵の1曲 ♬ 愛おしき死者たちよ ♬





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