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藁を打ち、編む・・・Vol.2096


“飲み打つならず者、入村お断り”の注連縄の結界がある熊野神社で
最近は、注連縄やぶら下げる刀などを編める者もすっかり少なくなってきた」と神社の元総代Aさんは言った。

子どもの頃は信州で育ったが、しばしば隣町の親戚の家に遊びに行った。
親戚の家の隣には寄合所があり、夜になると女衆(オンナショウ)が集っていた。
昔は秋が過ぎて冬支度を迎えるころには、そこから笑い声とともに藁を打つ音などが聞こえてきたものだ。

そういえば、親父も神棚にお供えする注連縄などは自分で編んでいた。
子ども心に「いずれ自分も編めるようになるのだろうか」などとワクワクしながら眺めていたが、ついぞ機会がなく、疾うにその頃の親父の歳を超えてしまった。

オヤジは稲わらの束をいくつか保存していて、お盆に取り出し、迎え火と送り火に使った。豪快に煙が天に昇って行ったものだ。
これは今でも弟とその嫁が引き継いでいる。
キュウリやナスの台座は、を取って来て編み青々として気持ちが清々しくなったものだった。

令和2年2月3日(月)、快晴。正午、室内温度16ど、しつど46。外はやや風があるが暖かいせいか、室内が16度でもエアコンの必要はない。
最近のことは忘れるが、遠い彼方のことが思い出される。ヤバイヨやばいヨ、だ。
そういえば、気力も萎えて来た。人込みに出ることが億劫になって来た。新型コロナの影響だとも思っているが・・・。さて・・・。
そういえば、この時期は家の周囲の木々がいい季節だった。夕方夕日に裸木が赤く燃える時期だった。愛犬との散歩時に見上げて思い出した。真っ赤ではなかったが、忘れるところだった。
2団地のIMG_6906
1赤い木々IMG_6917



懐かしの1曲、三橋美智也 ♬ 達者でナ ♬ ワラにまみれてヨ~育てた栗毛
ではないが、小さい頃は草競馬もやっていた。土方馬と呼んでいたが、農耕などが一区切りした秋に土方馬たちはもうひとっ走りさせられていた。


今日もご訪問くださってありがとうございました。 感謝です。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
新型コロナ騒動が早く収束し、平穏な日々が来ることを切に祈る


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