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水の力・・・Vol.2085


水を付ける、水を差す、良きにつけ悪きにつけ、水は無くてはならないものだが・・・。
今、呑み会に欠席したので久々に大相撲を見ながらPCに向かっている。
たった今、遠藤が玉鷲に勝ち1敗を守り6勝1敗。

最近は“水入り“の大相撲が少ないのでは?などと思い、先日の高尾山行での”水“のことを思い出した。力水ではなく水の脅威のほうだが・・・。

6号路は普段は水量が少なく、“春の小川”のようにサラサラとしか流れていない小さな渓谷沿いの登山路だが、まだ昨年の台風の爪痕が残っていた。
ところどころに大木が引っか架かっている。

9水害の爪痕IMG_5818

通常は下の写真のような小川と登山路だが、まだ至るところに残骸がある。

7の6号路IMG_5817   8渓谷IMG_5816

中腹の大山橋で一服しようと少し予定時間過ぎてたどり着いたが驚いた。
景色が一変していた。
休憩ベンチ(ひとつで4人位座れる)が2つあったのが消えていた。替わって丸太椅子が置いてあった。
昔の流れは、黒い線のところを流れていたが、大山橋で木々などが詰まり、流れが赤線に替わり、ベンチなどが流されてしまったようだ。登山路(以前は青線)も少々変わった。写真の登っていく人のあたりから左手前側は今までは藪や木々で覆われていたものだが、広くなっていた。奥の橋はなかったが、しばらく水が引けなかったのだろう。今は元の流れに戻っていた。

10大山橋IMG_5820   11大山橋IMG_5822


一服してしばらく登ったら、また朽ちた大木が渓谷に転がっていた。
上流から流されてきたものではなかった。
右の山間を見上げると、大木が滑り落ちて来た道筋がはっきりと残っていた。

12ここにも

普段は小さな穏やかな渓谷も、昨年の水台風時には大木や岩も交じって怒涛となって麓を襲ったのだろう。この流れが案内川となり南浅川となる。
この麓・浅川地区に住む友人Sは「地域では床上床下浸水160棟以上。もう想定外という言葉は通用しなくなりました。大災害の時は公助(公共機関の支援)はあてにならない、今回は共助が大きなポイントになった。発災後、総出で復旧作業にあたった。地域で知り合い助け合うことの重要性を改めて感じた年でした」と年賀状に書いていた。

令和2年1月18日(土)、ごご6:15.いつの間にか大相撲も終わった。
ちびちび飲っていたが、やッときちんとビールの時間だ。友人たちも楽しい酒を酌み交わしていることだろう!

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