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地名・・・Vol.2039


いつごろからだったろうか?
住所表示が変わり、小字が標記から消えた。
市や町のあとが数字になり、管理する者にとっては便利になったかもしれないが、何か大事なモノが消されていくように思えてならない。
特に今回の自然大災害などを思うと、そんな想いが強くなる。

私の町でも、田中、四谷などがあり、田中でも日向と日陰があり、古い人は、その地名を使う。
「なるほどな」と思う。
田中にはわずかに稲作をしている家があり、田中橋や西田中橋、新田中橋があり、四谷には小さい谷戸が4つある。

私の住所は、八王子市館町○○で〇〇は数字だ。
「館町のどの辺だ?」と聞かれると「殿入だ」と答えている。
現在、館町には昔の地域名でいえば田中、四谷、和田、殿入、上館があり、新しい所では50年ほど前に館ヶ丘団地、館町団地が出来、20年ばかり前には「ゆりのき台団地」が出来た。
殿入の奥には昔館(やかた)があったと言い、殿入川という小さな川が流れ、我が家近くで湯殿川に注ぐ。みなそれぞれ昔のことが偲ばれる名で“云われ“がある。
古老たちは、もっと古い名も使う。
「ああ、2軒在家か」「ああ、あそこには昔、水屋があってな」などと。

私は、その水屋があった近くに住んでおり、そこから水が湧き、家の前の小川に流れる。普段は水はほとんど見えないが、大雨の時などはたっぷりと流れていく。
大雨の後の朝はすぐわかる。
車道を走る車があげる「バシャバシャ」という音で目が覚めるからだ。
水屋があったところで裏山の丘陵は尽きているが、その丘陵のあちこちから水が沁み出して車道上に流れ出すのだ。特に近所のお寺近くに多い。
数年前の道路工事以後、顕著だ。
厚いコンクリ―トでおおわれたせいか、その下に上手く水を流すことを怠ったか、逃げ場を失った水が車道上に流れてくる。

裏山の青々とした木々をみるたびに、「ああ、この裏山にはたっぷりと水がたくわえられているんだな」と感心しているが、「もう少しなんとかならないものか」などと愚痴も出てしまう。

いけない、脱線しそうだ、地名のことだった。
「なるほど、ここはそういう場所だったか」と知らせてくれる地名がどんどん消えて、やがてその言葉を使う人もいなくなり、いずれ消えていくのかもしれない。
かろうじてわずかにの名前やバス停の名前で残る。

令和元年11月4日(月)、午後11時半、室内温度19度、湿度60.快晴だった。
少し気持ちに余裕がでてきたのか、好調な一日だった。

1龍見寺龍神池わきMG_1044

写真は、家近くの寺・龍見寺。写真左に龍神池があり、そのさらに左に本堂がある。
この写真辺りは駐車場になっているが、ここらあたりに水が沁み出して車道に流れ出る。
昔、旱が続き、住職はこの池の主・龍神さまに「雨を降らしたまえ」と祈ったと言う。

地名だが、今度紙幣の顔になる渋沢栄一翁の生まれ故郷は埼玉県の“血洗い村”だ。
さすがに気分の良い名ではなく、今は変わっている。難しいところだ。

今日の1曲 ♪ 帰らざる日々 ♬





今日もご訪問くださってありがとうございました。 感謝です。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
明日、いい日となりますように



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