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畏れ・謙虚の時代・・・Vol.2038


平成は、地震と原発の恐怖が身に染みた。
新しい令和の始まりは、台風と大雨で始まった。

昔、といっても昭和30年代くらいまでは、田舎の山間地では「川尻に家は建てるな」などと古老が言っていたそうだ。鉄砲水で家が流されるからだ。
私の先輩も、戦後のある夕べのことを話していたことがあった。
信州安曇野の山間の村に住んでいた時のことだそうだ。
父はすでに若くして死に、彼が母と弟妹を養っていた。
貧しい寒村だから炭焼きやポッカなどで生計を立てていた。

ある夕刻、にわかに天が真っ暗になり、今まで見たことのないような大きな水玉がポツン、ポツンと落ち出して来た。何か知らないが得体のしれない恐怖が背筋を走ったと言う。
突然、「来るな!」と直感したそうだ。
同時に以前父が言っていたことが頭に浮かんだ。

家は川尻ではなかったが、似たようなもの。
父の言葉どおりに、弟に「裏木戸と玄関を開け放せ!」「裏木戸から玄関までの間にあるものはどけろ!」と叫んだ。
母と妹に「大事なモノで上げれるモノだけ、すぐに2階に上げろ!」と指示をした。
そして「みんな、すぐに2階に上がれ!」
と言い、彼は、すぐ近くの半鐘やぐらに登り、半鐘をガンガン力の限り打ち鳴らした。村人に「鉄砲水が来るぞ!」と出せる限りの大声で知らせた。

あっという間に村に鉄砲水が押し寄せて来た、と言う。
鉄砲水は家を襲い、開け放たれた裏木戸から一直線に、やはり開け放たれた玄関に向かって怒涛となって家を飛び出していったそうだ。
その頃の村の家は、いざという時の用心のため、そんな裏木戸と玄関の作りになっていたそうだ。
水の通り道、行き場・逃げ場を作ったおかげで、家が破壊されることは免れたのだった。
先人の知恵のひとつというものだろうか。

住所表記も以前は、その地名から、昔のことが知れたものだったが、悲しいかな、洒落たものやただの数字になったりして、そこがどんな土地だったかを知るすべもなくなってきた。

令和の時代は、大自然に謙虚に向かい合う時代かもしれない。
あらためて、自然を畏れ、敬いつつ、共存していく生き方に人生の優先度を持たせる時代かもしれない。

令和元年11月4日(月)、祝日。午前10時、室内温度18度、湿度60.快晴。
沖縄には返還前に1回、その後仕事で2回、最後は2007年に旅行で1回、訪れたことがある。
いずれの時も首里城に行った。
先日10月の終わりにその首里城が燃えている様がTVで映し出され強い衝撃が走った。

3守礼の門P1050473

1ひだりP1050478   2みぎP1050479

4西殿P1050476

 つい数年前に行ったつもりになっていたが、写真を見ればもう12年前のことだった。
残った守礼の門西殿でのイベント(2007年)。
早急な復興を祈るばかりだ。


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