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重監房・ハンセン病・・・Vol.1943


昨日、ボランティアグループの特急研修に行って来た。
朝7時に家を出て、夜8時に家に戻った。
片道約200㎞弱の道のりをトイレ休憩2回を含み、雇い上げたバスは約4時間かけて目的地に到着した。場所は、群馬県草津「国立療養所栗生楽泉園」、ハンセン病施設だ。

足湯に浸かることもなく、当然湯に入ることもなく、湯畑にも賽の河原にも行かず、草津の町も散策することなく、もちろん泊まることなく、ただひたすら施設見学と研修のみを行ってきた。

重監房資料館では、人間の醜さや尊厳といったものなどを改めて再認識させられたりした。
高さ4.5mの分厚いコンクリ―トに囲まれた塀の中にさらに分厚いコンクリートに囲まれた4畳半くらいの独房が8つあった。小さな明り取りの穴があけられているものの、ほぼ年中真っ暗な部屋だ。部屋にあるものは薄っぺらな布のような寝具が2枚だけ。1枚を敷き1枚を掛けて寝る。床には小さな穴があり、ここで用を足す、蓋はない。当然に夏は蒸し風呂、冬は北極のような凄さだったのだろうと容易に想像がつく。ここに長い人で1年半入れられたり、当然亡くなってしまったりしたという。

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草津4重監房の模型IMG_20190627_143058   草津4重監房の中
復元された重監房の一部。

重監房行きは裁判などなくて所長の権限で決まったという。「あいつは不届きものだ、入れて懲らしめろ」などという感じだったのだろう。「殺してしまえ」に近いようなものだ。

ハンセン病者が語っていた資料もいくつかあった。
「むごいもんだ。湯船に入れても、痩せこけて枝のようになった身体だから、すぐに浮いてくる。それを職員が棒で突っついて沈めるんだ」と監房から出された者を風呂に入れたときのことを回想。
「真冬に薄っぺらい布のような寝具が垂れ流した糞尿のために凍る、その中にくるまっている人間も凍る。寝具を床からはがそうとしても凍っていてバリバリと部分部分が剥がれてくる。寝具が凍ってから死ぬのではない、布と一緒に凍りながら死ぬのだ」と悲惨な回想が溢れている。

隔離政策前の草津町にはハンセン病の自由診療集落・湯ノ沢があり、ハンセン病の湯治客や病が癒えた住人が800人ほど暮らしており一般住民と共に差別もなく暮らしていたという。2人ばかりハンセン病の町議も出ている。今も茶畑にある7本の源泉パイプのうち1本はこの地域用のものだという。今はこの地域は解散させられて消えた。

学びだけの草津行きだったが、昼食だけは食べた。

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ホテル「ビレッジ」のランチ、麦豚定食・コーヒー・ジュース付き1700円だった。冷コーンポタージュも温かい味噌汁もいただいた。
上皇后陛下が毎年、ここの音楽祭に来て楽器を演奏しているとか・・・。雰囲気のあるレストランだった。

令和元年6月28日(金)、午後5:30、晴れたり曇ったり、湿度は高く相当に蒸し暑い。
書き終えたら、スマホにニュースが飛び込んで来た。
「ハンセン病、被害家族にも賠償命令、国が責任を認めた。熊本地裁」とあった。
研修を終えてきたばかりもあって「当然だ!遅きに失する!」などと思わず声が出た。


今日もご訪問くださってありがとうございました。 感謝です。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて


明日は雨模様だが、いい日でありますように。

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