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天才・“画狂老人”葛飾北斎、一茶もいた、 おぶせ・・・Vol.1900


葛飾北斎のことは、富嶽三十六景などで知ったつもりになっていたが、詳しくは知らなかった。

小布施町の「北斎館」に来て、少し知った。
小布施(おぶせ)出身の高校の同級生がいたが、半世紀以上も前は「小布施?どこだ?田舎だなあ」などと自分の田舎のことは棚に上げて同級生に言っていたものだ。
今回、初めて小布施にやって来た。まさに「百聞は一見にしかず」で、驚いた。

文化的な香りが漂う素敵な田舎町だった。
プライドも漂っていた。これじゃあ、町村合併など拒否して単独の町として生きる方を選んだわけだと納得。

まずは北斎館。
糖尿病でもう歩くことも目も不自由な旅仲間のYRは、小布施町の葛飾「北斎館」では「以前、元気なころに来たことがある。遠慮なくたっぷり見てきてくれ。俺はそこの店のベンチで休んでいるから」と言うので遠慮なくたっぷりと時間をかけて鑑賞してきた。

唯一写真が撮れるコーナーの写真などを撮って、外に出てきたら、YRは違うお店のベンチに座り旨そうにソフトクリームを舐めていた。
家に帰ってから、その話を妻にしたら「糖尿病でソフトなどいいの?止めなかったの?」などと言われ、そういえばそうだったと初めて思ったが、「まあ、今更食べなくても、食べても、あまり変わらないのじゃないか?好きなようにした方がいいと思うよ」と小さくない声で言った。
「何言ってるのよ!友達思いがないのね!」などと言われるかと思ったが、以外にも、妻は「そうね。また来年も会えればいいね」とシンミリ言った。

旅仲間皆で竹鳳堂で名物「栗おこわ」などを食べ、さてどうする?となった。
私は、ブラブラたっぷり歩きたくなって、旅仲間とはここで解散、皆自由に過ごすこととした。
もちろんYRのことは、KYが責任もって家まで送ると言った。

甘えて向かったのが岩松院。2㎞ばかりのところ、道草を食べながらだったから40分くらいはかかっただろうか。
ここに北斎描くところの大鳳凰図がある。「八方睨みの鳳凰図」だ。
寺の天井に20m四方はあろうかという絵が描かれている。
北斎が愛した“富士山の隠し絵も”描かれており、これは最近に見つかった、あの天井画だ。
やはり撮影禁止だから絵ハガキから撮った、これだ。

53八方にらみ鳳凰図IMG_3877

さあ、隠し富士はわかるだろうか?
ヒントは逆さ富士だ。

寺の裏には“カエル合戦の池”といわれる小さな池があり、俳人・小林一茶がここに逗留していて“痩せガエル 負けるな一茶 これにあり”と歌ったという句碑が建っていた。

54一茶カエル合戦IMG_3848


驚くことは、北斎がこの小布施に最初にやって来た時の歳だ。
83歳だったそうだ。
歩いて、約300㎞弱を江戸からやって来た。後にまた3度やって来たという。
“老いて、ますます盛ん”と言うヤツだ。
招いたのは北信濃の豪商(小布施)、画家としても知られる高井鴻山。
北斎は90歳で逝ったそうだが、本人は「せめて、あと5年、生きれば、絵の境地に達しただろうに!」と言って悔しそうにあの世へ旅立ったという。

54北斎IMG_3831
北斎館内で記念撮影用の青スダレがあるところ。

別に長生きをしたいとも思っていなかったが、小布施に来て、“負けるな一茶”ではないが、せめて80歳くらいまでは生きないと、まずいかな、などと思い出している今日この頃。
さて・・・・。


From Obuse With Love 小布施より愛をこめて
今日もご訪問いただき 感謝です。では、また。
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