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八王子城・・・Vol.1844


豊臣軍に攻められて落城したのが天正18年(1590年)6月23日、もう400年以上が過ぎた。
小田原北条3代目氏康の3男、氏照(4代・氏政の弟)が築いた城だ。氏照が滝山城からここに拠点を移し、わずか3年で城の命は尽きた。火をかけられ建物は全焼、その後この山城あたりの山林は幕府直轄領、後に国有林となったため、一切手がつけられずにいた。発掘調査が始まったのは昭和の終わりごろからである。遺構はすべて土に埋まっていた。噴火があったわけではないが、400年という歳月のなせる技とでもいうのだろうか、すごいものだ。

丁寧に土を掘り返していくとある日、石段が現れてきた。
今では御主殿の入口・虎口と呼ばれている場所だ。

1御主殿へ虎口IMG_3159

この石段を上って左が御主殿の入口、冠木門(かぶきもん)が復元されている。

2冠木門入口IMG_3160
石段の高さは30cmくらいで案外高い。

復元されているのは冠木門とこの下にある曳橋(ひきはし)のみだ。橋は城山川の上に架かっている。かつては素朴な木の橋で敵が侵入したときにはすぐに落とせるようになっていただろうという。

前前の八王子市長H氏が歴史文化に想いが強く、復元に熱心だったためにほんの少しだけだが、当時を偲ばせてくれている。
山の頂上、標高460mのところに本丸があり、氏照が城の守護神として祀った八王子神社があり、八王子権現が祀られている。小さな祠だが、これも江戸時代かわからないが復元されたものだろう。牛頭天王と眷属神(8人の王子)が祀られ、916年に華厳菩薩妙行が建て、氏照が城の守護神とし、八王子の地名の由来になったと市教育委員会発行のパンフレットにはある。

氏照の居館跡と言われる御主殿の敷地は広大で今は憩いの場となっている。建物の礎石はすべて発掘されたがまた土を被されて土中に眠り、今はその上にレプリカの石が置かれている。

5合目の金子曲輪(くるわ)から、南方に高尾山系が見える。
曲輪も丸(真田丸などで有名)も同じ意味だというが、この山城にも大小無数の曲輪があったそうだ。

3金子曲輪IMG_3163

いわゆる城跡を期待する方にはおススメできないが、無形から想像することが好きな方や、ハイキングがお好きな方には最適な場所だ、と思う。本丸まで登り、さらに奥の富士見台へ、そこから景信山へ行くも良し、小仏川に降りるも良しだ。売店の類はないので、飲料水や食べ物は要持参。山に入ればトイレもなし。ガイダンス施設で済ませてからどうぞ。

★高尾駅北口~2㎞~霊園前・城跡入口~1km(城下町通りの風景と言えばいえる長閑な平坦な道、根小屋地区)~城跡管理棟・ガイダンス施設(駐車場有)~1km(急峻な山道・徒歩約40分)~本丸・八王子神社~1.5km(尾根、アップダウンあり・50分)~富士見台~2.6km(下り、60分)~木下沢(こげざわ)梅林経由・日影バス停(日影バス停を含め9つ目のバス停が高尾駅) *富士見台から同じく約2.6㎞、徒歩60分で荒井バス停に降りる道あり、荒井バス停からは次が駒木野バス停、小名路(こなじ)、川原宿、高尾駅の順で歩いても1時間弱。 *富士見台から陣馬山・景信山方面へは約3時間で堂所山(731m)に着く。ここから陣馬までは1時間強、景信までは1時間だ。

4地図IMG_6066
ピンクが御主殿、黄色が金子曲輪、赤が本丸。
*木下沢梅林はジャイロさんのブログ「四季の華」でご堪能ください。

お好みは、さあ、どっち? ♬ 丘を越えて ♬ ゆこう・・・。



今日もご訪問くださってありがとうございました。 感謝です。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
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