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映画狂の詩・まわる映写機 めぐる人生・・Vol.1605


知人の映像作家・森田恵子さんの映画にまつわるドキュメンタリー映画3部作が完成した。
「小さな町の小さな映画館」「旅する映写機」、そして今回の「まわる映写機 めぐる人生」だ。
映すことに情熱を燃やし心をかたむけてきた人たちを描いている。

森田さんはフリーランスの映画監督なので「今回の製作は、彼女は貯金を切り崩して撮ってきた」と彼女の友人であり私の友人でもあるプロのデザイナー・石原雅彦さんが言って来た。
だから、「それじゃあ、ポスターから何から一切合切僕がデザインするしかないね」ということでポスター、パンフレット、フライヤーなどを石原さんが手がけたそうだ。ようするに顔は出ないが“特別友情出演”というわけだ。

パンフレットは30ページ弱の小冊子で、映画好きにはたまらない出来栄えで、これだけでも楽しいワクワクする読み物になっている。
「森田恵子さんの仕事を、より面白く楽しむために」と題して大林宜彦映画監督も一文を寄せており、「どうでもいいことは流行に従う。大事なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」と言った小津安二郎監督の言葉なども引用し映画に賭ける熱い思いを吐露している。「映画は学校だった」とも言う。

0森田映画パンフIMG_5167

学校といえば小学校時代(信州の田舎)、小学校によく“巡回映画”がやって来た。
文部省特選とかついていたようにも思うが、体育館で観る映画、これが楽しみだった。
不覚にも涙を落とし、友達に見られないように体育館の薄暗い中でソッと素早く涙をぬぐったことなども思い出す。
大林さんの向こうを張って「学校は映画館だった。そこで人生を学んだ」とでも言いたいくらいに映画が学校にやってくる日は待ち遠しかった。

数年前に今の地元の小学校(八王子)で、夏休みに映画上映会をやった。
ボランティア仲間の電気店の店主Tさんが、映写技師でもあり、「俺が16ミリを回す、子どもに良い映画も選んで持ってくる」と情熱を燃やしたのだった。
この夏は、そのTさんの商店街主催の恒例の夏祭りが行われ、私もパトロールに出た。
パトロール後に責任者のTさんが振る舞ってくれるビールなどが目当てでもある。
パトロールも無事に終わり本部に戻ってみるとビールやつまみは用意されていたがTさんがいない。
「アレッ、Tさんは?」と問うと「あそこにいるよ!」と仲間が指さした。
Tさんは、今日は映写技師としてでなくライトマンとして団地の屋上に陣取ってフィナーレの「小鉄太鼓」の面々を照らしていた。歳だが颯爽と輝いていた。

1ライトマンandroid-20180909140348

2屋上からandroid-20180909140340   3小鉄太鼓android-20180909140351

今日はこれから新宿での飲み会だ。
先輩のKさんも来る。
Kさんも実は昔は日活の技術屋で映写技師でもあった。
そんなことを石原さんに話したら「もっていけ」と森田さんの映画パンフレットの原稿をメールに添付して送って来てくれたのだった。
先ほどプリントした。
さて、かつての映画狂は、今晩はどんな話を披露してくれることだろうか・・・。

幸いに風邪も大事には至らず、羽生結弦選手のせいにもせずに済み、意気揚々と出かけられそうだ。
では、お楽しみは、これから!(というタイトルの映画本があった)

 淀川長治最後のサヨナラ ♪で



今日もご訪問くださってありがとうございました。 
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
いい日でありますように!
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泣けた泣けた

学校の映画大会。泣けましたね。
小学生時代の交通安全映画、多々良純主演の『シマウマのおじさん』では、みんな声をあげて泣きました。今村昌平監督『にあんちゃん』では、乱暴者の友だちが「おい、泣くなよ」と冷やかすので、顔を見たら彼も真っ赤な目をしていました。
高校の校内映画大会でも熊井啓監督『日本列島』を見て泣きました。

なんだなーんだ

なんだ、皆泣いていたのか!
自分だけかと思い、恥ずかしくて周りを見る余裕がなかったんだなあ。
Kさん、喜んでいました!狛江にあった映写技師養成所(?)の第12期生だったそうです。
「3堀が有名だったなあ」などと言っていましたが、堀が付く名前の映画人が3人いて・・・・とか、もう酔っぱらっていたのでメモも取れませんせんでした。思い当たる方でしょうか?

3堀

「あんた3堀を知らないようじゃモグリだね!」
と言われてしまいそうです。
知りません(^_^;)