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夢想:卑弥呼外伝・・・Vol.1536


3世紀、卑弥呼が諸国の王たちから担がれて、あるいは自分の力で、倭国のトップとなりひとまず大乱は鎮まったのかもしれない。
それまでの卑弥呼はおそらく九州、今の佐賀・吉野ヶ里遺跡あたりの王だったのかもしれない。そして倭国王となり大和に移ったのではないか。夏宮だったか冬宮だったか忘れたが卑弥呼の別荘(宮殿)が山口県にあったと言う方もいた気がする。

1吉野ヶ里P1040278 - コピー
(吉野ヶ里遺跡)

4世紀も謎だ。
5世紀、6世紀だって謎が多い。大体同時期に書かれたもの、せめて50年後に書かれたものがあれば別だが、日本にはない。後に書かれたものは伝承には何か真実を匂わせるものがあるが、ほかはもちろんホントのこともあるだろうが皆想像、いいトコ取りしたフィクションだ、と言っては言い過ぎか? など夢想の時間が進む。

卑弥呼や台与が没した後、諸国の王たちでまたまた覇権争いが続いたのではないか?
卑弥呼を補佐した男王の子孫が勝ったのか、全然別の王が覇権を握ったのか?
昔出た騎馬民族説のように、大陸からやって来たモノたちに覇権をにぎられたのか?

今の朝廷の流れでは神武東征などといっているので、大和朝廷の出自は九州だろうか。九州は韓国岳の麓あたりから宮﨑・高千穂などを経て長い年月をかけて北上し、やがて武力増強して東進し奈良へたどり着く。そうなると、その前はおそらく大陸(韓国あたり)からやって来た民ということになる、のかもしれない。
大昔、そのまま土地に残った同族もいたのかもしれない、その屈強な隼人たちを鹿児島から海路呼び寄せ、大和盆地で土着の王を破り、その後さらに勢力を増強し、覇権を完全に握ったのが5世紀末、あるいは6世紀末。倭の五王の存在は確かなようだが、本当に血はつながっていたのかどうか?疑えば切りがない。墳墓などを掘り起こしDNA鑑定でもしてみたらどうか?などと言いたくなってくる。
あるいは、この時期に海外からやって来たモノたちが乗っ取って、あちこちの伝承のいいトコ取りをして、そのように話をつくったのかもしれない。などなど・・・妄想は続く。

昔、韓国の済州島を訪れたとき、円墳近くに井戸があって、韓国人のガイドが言っていた。
「この井戸から3人の王子が飛び出した。一人は出雲の王となった」と。
となるとスサノオは高天原からではなくて済州島からやってきたのかもしれない。

なにしろ日本書紀や古事記はあるが、皆7世紀末以降からつくられたもので時の権力者に都合のいいように書かれているに違いないと素人は勘ぐるというものだ、それまでは日本国正史といえるものがない。風土記はやや趣を異にして“成程”などと思えるのかもしれない、が、夢想は勝手、などと嘯きつつ、止まり木で、久々にルーツを求めて夢想は続く。

そういえば今熱心に観ている“西郷どん”の薩摩藩の幕末の“東進”も神武以来の“第2次東征”とも思えてくる。

八雲立つ出雲、のおかげで、ビールは苦く、美味い!

たとえ万世一系でなくても、日本は日本、大和麗し、だ、と思いつつ、また一杯・・・。

今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Izumo With Love 出雲より愛をこめて
出雲路の横道で道草を
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