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八雲立つ出雲と邪馬台国・・・Vol.1534


出雲では至る所で “八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を” に出会う。
そしてスサノオノミコトに出会う。
この出雲に立つと、日本という国の始まりのひとつは、やはりココ出雲ではないかと思えて来る。

「倭国大乱、国乱れ、ひとりの巫女・日の御子をたて倭国治まる。日の御子、その名を卑弥呼という」と魏志倭人伝を自己流に解釈しているが、その頃の突出した大国のひとつが出雲だったのではないか?あるいは、出雲が倭国を治めていたが群雄割拠し勢力が分散し出したのではないか? そこで九州から東に登って来て大和の王となっていた勢力が出雲と休戦協定を結び、卑弥呼を立て補佐に付くことに成功する。3世紀中ごろのことだ。そして八岐大蛇退治で知られる治山治水に長けたスサの王・スサノオ、その子あるいは子孫の大国主の命が、卑弥呼亡き後の台与の頃、大和との闘いに敗れて国譲り、倭国は大和勢力の支配下に置かれて統一されていく。この戦いに出雲が敗れた時、三種の神器のひとつとなるスサノオノミコトの草薙の太刀が、ヤマトに略奪あるいは献上されたのではないか。

何の根拠もなく、学術的に調べたわけでもないが、出雲に立ち出雲の風に触れると、そんなことを夢想したくなる、それが八雲立つ出雲だ。

ひとつ腑に落ちないことは、“卑弥呼の邪馬台国”をヤマタイコクと呼ぶが、これはヤマトコクが正しいのではないか? というのは、卑弥呼の後継者・台与のことをタイヨとは呼ばず、トヨと呼ぶことに大方なっているから、素人にはこれが不思議でならない。頭脳明晰な学者たちが多数いてもいまだに九州か畿内か邪馬台国の場所さえ特定できないことも、はなはだ可笑しい。なにかアンタッチャブルな世界があるのだろうか? 触れられてシロクロつくと困る者がいるのだろうか?

日本の生い立ちが不明なまま、もうじきあの世に行くのかと思うと少々悔しさと寂しさが身を包む。

などと屁理屈を言ってしまったが、出雲はどこ吹く風で、白雲は起こり、稲田の稲穂が揺れ、悠久な時が流れていた。

5八雲IMG_2169 (1)

6稲田IMG_2188

4八雲立つ八重垣IMG_2159


今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Izumo With Love 出雲より愛をこめて
再び出雲路
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