旅の空から[異国の細道]114・チリ 8・・・サンチアゴ ・・・Vo156・2014..11.19

サンチアゴ、チリの首都は素敵な大都会だ。

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「ハカナンダ・ミモシフォーリアと言うのよ」と宿の女性は言ったが、本当かな?
これが街中にたくさん咲いている。

旧市街の中心「アルマス広場」から南に約800m、アルマスから(南に1ブロック先のところを)東西に約1km、歩行者天国道路が2本ある。道は広くて大木の街路樹から漏れる木漏れ日は適度に心地が良い。車両侵入禁止道はちいさいものは、まだ他にもあった。
道行く人は、サラリーマンはもちろん、さまざまな人たちが、そぞろ歩きをしている。
売店や靴磨きやカフェがあふれている。皆、いいカオだ。こんなに大規模で町の中心道路が緑の大木で覆われている町は残念ながら日本にはないと思う。羨ましい街だ。

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アルマスの東側にある古びたビル街だ。
これをずっと東に行くと森林公園がある。その少し手前で昼食を取った。
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冷やし中華と天ぷらだ。ビールはアサヒ。ビールケースを見るとアウトラルがあったので、どんな味か試してみた。
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店の名前は「金太郎」、客で日本人は私だけだったが、ものすごく混んでいた。外のテラスも含めると100人くらいはいただろう。外で食べたかったが、カウンターしか席は空いていなかった。

カテドラル。
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郵便局(左)と歴史博物館(中央)と市庁舎。
アルマス広場は工事中で囲いがしてあり中は見れなかったし入いれなかった。

東西に伸びる歩行者天国の西の外れ近くにあるカフェテラスがお気に入りの場所だった。
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「Vergnano」が店の名だ。ここは外れちかくのせいか、こちら側には大樹があるが向かい側には植え直したような小さいものが疎らにあるだけだ。
しかし、ここのカプチーノが旨くて毎日通った。ここのランチも1回たべたが、量も味もちょうどよかった。うまかった。
ビール2000ペソ、カプチーノ2000ペソ、ランチ4800ペソ、合計約1800円。

友人のHSから、ドイツみやげに「これは、おいしいのよ!」と言ってカプチーノをもらったことを、突然、カプチーノが運ばれてきた瞬間思い出した。
そういえば、全然音沙汰がないが、仕事に忙殺されているのだろうか?
などと、道行く人たちを眺めながら飲んでいると、昔の仕事仲間のカオがいくつか浮かんできた。
「ダメですよ!目薬だって賞味期限があるんですよ!」と言ったISの憎めないカオも浮かんだ。
じつは、こちらにも薬局は山ほどあるのだが、どうもいけない、リップクリームは唇がカサカサになってしまい、やむを得ず薬局へ行って買ったが、目に入れるものは異国のモノではチョット心配がつきまとい、まだ半年前に日本から持ってきたものを使っている。こんなことを書くと、また、叱られそうだが、申し訳ない!

夕刻路上では、楽しく太鼓を叩き踊っている若者たちがいた。DSC_1955.jpg
音があるのは、本当に楽しくていいものだ。

最初の2泊はマンションの1部屋、貸マンションだった。27階建てのマンションの22階。1階にはプールも付いていた。
部屋の器具設備は完備し、快適な部屋だった。アルマス広場まで歩いて13分くらい、マンションの隣には大きなスーパーが2件もあった。立地も完璧だった。
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ベランダから南を見つつ・・・。
このコノスルは2000ペソ、約400円だった。
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夕日を見つつ・・・。
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日が暮れた。ベランダからの夜景。

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朝、東側はこんな風景だ。アンデスがすぐ近くに見える。
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東南に見えた教会。

イースター島から戻ってきて2泊した宿は「HappyHouseHostel」
最初の宿は、アルマスの南にあったが、今度は西側、カプチーノのカフェの近くだ。
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邸宅を改造したホステルだ。ドミトリーもある。

賑やかだった。
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ここでの1泊目、もう日が暮れていたが、イースター島から戻り、到着して中庭に下りて行ったら、若い女の子たちに囲まれた。
「どこから来たの?」「日本人?」矢次早に質問攻め。人懐っこくて、くったくがない。
「名前は?」「ヨシアキだが、ヨシでいいよ」と言うと、「ヨシ、よし」の連呼だ。なかには女史でなくヨシとキレイに発音する子もいて、その子は「ヨシアキ」ときちんとフルネームで言っていた。
私の携帯も取られ、写真を一緒に撮られた。2枚目がそれ。みれば私のカオは日に焼けて黒く、良くは写っていない。
2人はカタ(カタリーナ)とパンチャと言った。チリの南、プント・アレーナから旅行に来ていたのだった。
11歳から13歳くらいで子どもは14人、それに親がついてきていた。プント・アレーナのチアダンス仲間のグループだった。
翌朝、また、ヨシ、ヨシ!と寄ってくるから(もちろん嬉しいものだ)、「踊って見せな」と言ったら。すぐ踊り出したのが1枚目の写真だ。

自転車の旅人とも会った・
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ポール。オーストラリア人だ。
ブラジルはフォルタレーザから南下してサンパウロまで踏破し、そこから飛行機で昨日サンチアゴに着いたのだった。
明日は南ウシュアイアに向かって走って行くのだといった。私の行く方向と同じだが「どのくらい、みている?」と聞いたら「2ヶ月間くらいで踏破したい」と言っていた。
高島さんと出会ってから案外自転車旅の人とも会うことが多くなってきた。不思議なものだ!
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