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コロボックルヒュッテ・・・Vol.1520


車山肩にポツンとコロボックルヒュッテがあり入口に荷馬車の車輪などをぶら下げていて、それも印象的な風景となっていた。
学生時代は見て通り過ぎただけで泊ったことも中に入ったこともなかったが、社会人になってからは中に入るようになった。
中に入っても土産物店となっているところは通り過ぎて、その奥、外に出るとテラスがあり、そこが目的だった。ここでコーヒーを飲み一服し高原を見下ろすことが目的だった。至福のひとときというヤツだった。

ある時、友人のIMが「この本、いいよ。知ってる場所だと思うよ」などというものだから買ってみたら、なんとこのヒュッテの主人の書いたものだった。
『わが高原 霧ヶ峰』著者は手塚宗求氏。「へぇー、そういう方がこのヒュッテをやっていたのか!」とおどろいたものだった。
訪れる人もまばらな昔は、串田孫一などと親交があり、彼らがここに泊まって一緒に冬スキーなどもやったなどとも書いてあった。
「蝶々深山から“南の耳”あたりに佇んで眼下に広がる森を見るのが好きで、ずーっとこの森がこのままでありますようになどと思っていた」というようなことが書いてあった件には胸がキュンと傷んだものだ。「北の耳、南の耳という名は私が付けた」とも手塚さんは書いていた。
その森は山彦谷と言い昭和50年代にスキー場となったのだった。今のエコーバレー・スキー場だ。

私がスキー場開発をしたのではないが、開発のうわさを聞きつけ、その森にスキーや山の仲間数人とで金を出し合い掘っ立て小屋を建てたのは間違いなく私たちだった。昭和55年ころだった。もちろん私たちの小屋だけでなくペンションや別荘も建った。そしてスキー場も予定通り出来た。
手塚さんの神聖な森に、そうとは知らず、小屋を建てたのだと思うとチョット胸が傷んだのだった。
本に出会って以来、ヒュッテの外のテラスで小屋の方面を見ながら飲むコーヒーは実際の味以上に苦いものとなった。
この日は時間も遅かったせいか残念ながら閉まっていた。

10コロボックルIMG_2055

入口から売店を透かしてその向こうの外のテラスが見えていた。「close」のタレ札がうらめしい。脇から見える景色もまた恨めしく霧がかかってもうじき見えなくなりそうだった。

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ヒュッテの売店で本に出合うだいぶ前に買ったものがあった。
皮の栞だ。
本を買って以来、その本に挟んである。

今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Kirigamine With Love 霧ヶ峰より愛をこめて
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コメント

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Re : コロボックルヒュッテ

>開発のうわさを聞きつけ、その森にスキーや山の仲間数人と
私はこの一員ではないがoldboy浮雲さんと同じ時に隣の土地を借りて昭和55年に建物を建て一軒の食堂を始めました。
この食堂兼自宅から山彦谷を小一時間かけて上ると南の耳に着きます。所謂エコーバレーの頂上です。
私はこの稜線から西に見下ろす八島湿原や目の前の蝶々深山、ゼブラ山、美ヶ原高原、北アルプスの眺めが大好きです。

>手塚さんの神聖な森に、そうとは知らず、小屋を建てたのだと思うとチョット胸が傷んだのだった。
蝶々深山から車山湿原、車山肩に目を向けると大自然の中に立つ山小屋が見えるのですがこれこそ霧ヶ峰を
愛する者からみたら残念な光景としか思えません。霧ヶ峰美ヶ原ヴィーナスラインが通りレストハウスや山小屋が
できてから多くの観光客を呼ぶことには成功しましたが大切な高山植物が荒らされている現実もあります。
もうひとつ言わせてください。コロボックルヒュッテの前の簡易トイレはいつも悪臭を放っています。

コーヒーは美味しくいただきましょう!


旅人さんへ

なるほど!奥が深い話です。

あのトイレは昔はなかったように思いますが、大変違和感があります。

コーヒーはおいしくいただきます。