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終活・・・Vol.1444


叔父が亡くなり信州に出かけた。
私の親父は9人兄弟で、このオジが一番歳下だったが9人兄弟の最後に86歳で逝った。
これで父を含めて父方のオジ・オバは全員天上の人となった。
母方では6人兄弟中、母を含めてまだ3人が何とか健在。
母は今月下旬老人ホームに入る。来年で満100歳になるが、私の名前はまだ言える。
妻のことは私の嫁とは言えるが名前はもう思い出さない。

妻の両親は母が平成2年、父が9年に他界し、妻の伯父は母の弟1人になっている。

葬儀を終えて家に戻ったら不在通知が2枚あった。
ひとつは私、もう一つは妻あてだった。
昨日再送していただいた。

妻あては結構な大きさのものだった。
「なんだい?」と聞くと「絵ヨ」という。
妻の親しい友人Aからだった。

Aは終活を始めていて身辺整理をしているのだと言う。神奈川県に住んでいる。
送られてきた絵は、昔Aが結婚したときに妻の母が結婚祝いにAに贈ったものだそうだ。
Aの一人息子は北海道で暮らしており、Aも夫も北海道の出身で、近々北海道に引っ越し、そこで人生の幕を引きたいのだそうだ。
「私らが死んだラ、この絵もどうなるかわからないので、申し訳ないが、貴女に持っていていただいたほうがいいかと思って」ということだったらしい。

私は絵の良し悪しはわからないが大事なものだとはわかる。
先ほど「どこかに飾って」と妻に言われたが、すでにあちこちに絵が結構かけられている。妻の伯父や姉や知り合いのものが結構多い。小さな家で「もう飾る場所はないよ」と聞こえない程度に呟いてみたが、聞こえたのかどうか「そういえば貴方のモノもいくつかあるわよ」と飾られず仕舞われていた絵を数点引っ張り出して来て「これも飾ったほうがいいわ」と言う。

その中のひとつは原田泰治の作品だった。
友人Nが10年ほど前に贈って来たものだった。
Nとは仲間数人と一緒に昨年諏訪湖畔にある原田泰治美術館を訪れたことがあり、Nは大好きなんだと言って2点ほど買い求めていた。
仲間から「さすが金持ち!」などと冷やかされており、私も同様に冷やかしていた。
その時は彼から絵をもらっていたことなどすっかり忘れていた。

妻が「確かお世話になったからと言って送ってきたものよ」という。妻も昔からよく知っている友人だ。友人だから世話などした覚えは全くなかったが、限定250枚刷ったうちの180番だった。Nにとって大事なものだったろうにと思うと「すまなかった」と改めてしみじみ思った。

義母の絵とコレを今目の前に置いて「どこに飾ろうか」と思案している。

飾った後の話だろうが「いずれこれらも含めて、私たちもそろそろ終活しなくっちゃ、ネ」と妻の声がする。

義母の絵と原田泰治の「思い出風」だ。
1IMG義母_1623 - コピー

2原田泰治IMG_1618 - コピー

3IMG_1615   4IMG_1617

今日もご訪問くださってありがとうございました。
From Tokyo With Love 東京より愛をこめて
今日もまだまだいい日でありますように!


そういえば叔父の葬儀の「灰寄せの席」で弟の嫁が「知人で”送り人”になった人がいるのよ」と言った。
「某会社の偉い方だったからお給料もいいのだからと止めたが、独身だし”好きな人生を生きるのよ”と彼女は言ってスパッと仕事を辞めて送り人になった」のだそうだ。
「ここに居るかと思ったが、別のセレモニーホールだった」と義妹。
そういえばと昔の映画を思い出していた。
”もうじき送られる側かあ、あんな送り人がいいかなあ・・・”
少し、先の事を考え始めた昨日、今日となってきた。



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