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榊祭り④望月小唄・・・Vol.1176

望月小唄

♫ 私しゃ 信州 ヤレ 望月の 生まれ
山家育ちでも 実がある 
ヤンレ スッチョコ ションガイナ ヤレコレ スッチョコ ションガイナ ♬
      
から始まり、
  南 蓼科 ヤレ 北には 浅間   間(あい)の 望月 駒の里
    (はやしことば)
  御牧野に 咲く ヤレ あの鈴蘭は   過ぎし 月毛の 語り草
    (はやしことば)
など、15番まである。

望月小唄が出来たのは昭和2年(1928年)、中山晋平が作曲した。作詞は甘利英男
甘利英男は若山牧水の直弟子で彼が中山晋平に「ぜひ、曲を」と頼んだという。
ちなみに『水上紀行』などでも知られる若山牧水は、この浅間山麓の南に広がる佐久平が大好きだったと聞く。たぶん地元のおいしい酒も魅力的だったのだろう。この地で酒を謳った詩がたくさんあり、歌が刻まれた石碑もあちこちにある。この地にも武重本家酒造の銘酒「牧水」などがある。

望月小唄が完成し、踊りの振り付けも出来、お披露目が「川西座」で行われた。晋平などの指導の下、地元芸者衆30人ほどが踊ったという。当時、「望月の宿」には旅館5軒、料理屋10軒、カフェ2軒、芸者置屋5軒、映画館2軒があったそうだ。映画館は望月劇場と川西座だ。この2軒は昭和40年代初めころまで開館していた。

晋平は「はやしことばが、大事なんだ!」と相当苦心したらしい。幼いころは、そんなことは露知らず、ただ、ヤンレスッチョコ、しょんがイナーと、この部分だけは調子よく声がでたものだ。そのあとは、はやし言葉はなかったが、楽器の音がこんなふうに聞こえて、 囃子言葉に続けて、(ホレっ) チンチツ チンチツ チンチツ チンチン ♪と歌ったものだ。

今歌われている詩は、当初のものと若干違う歌詞のところもあるが、多分歌いやすくしたのだろう。

昭和34年の町村合併時、1町3村が一つになって新しい町が生まれたが、「望月」という名を冠している町村はなかった。が、誰もが、望月小唄を愛し共有していた、新しい町名は「望月町」、誰一人異議はなく即決だった。
平成17年の市町村合併で望月町は佐久市に吸収され消えた。所番地からも消え、佐久市のあとに旧町村名がつづき、その後に〇〇番地となってしまった。短くしたのだ。「ばかな!」と故郷を離れて遠吠えしてみたが後の祭りというヤツだった。
しかし、こうして望月の奇祭、榊祭り。望月小唄として消えることはない。
♫ 誰か故郷を想はざる ♪ がつい口をついて出るというわけだ。

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その ♪ 望月小唄 ♪ で今日はいこう。



From Tokyo With Love  東京より愛を込めて
  望月は鈴蘭でも有名だ  ♬ 
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