諏訪紀行11・万治の石仏・・・Vol.1081

万治3年(1660年)のこと。
諏訪大社の春宮に大鳥居を建立することとなった。
近くに最適な大岩を見つけ職人たちが鑿を入れた。
するとそこから血がにじんできたという。祟りを恐れた職人たちは大岩を使うことを断念した。
その夜のこと。
職人たちは夢を見た。
お告げで曰く「上原山に良い石があるから、それを鳥居に使え」と。

職人たちは、お告げに従い、無事大鳥居は完成。血を流した大岩を阿弥陀如来とし崇めることとなった。

以上がこの万治の石仏のいわれである。

春宮の西に砥川が流れる。砥川を越えてしばらく川に沿って上流に進むと長閑な畑の中に石仏はある。

22万治の石仏IMG_1524

決まりごとがあった。
石仏を時計回りに3回巡る。
「万(よろず)治(おさ)まりますように!」と唱えながら。
そして3回回ったら「万(よろず)治(おさ)めました」と言うものだ。

岡本太郎もこの石仏にほれ込んだ一人で、彼が揮毫した石碑が入り口近くの川端に建っていた。
信州出身の新田次郎もほれ込み、頭部は南米のイースター島のモアイではないかなどと「小説・万治の石仏」を書いたとか・・・。

23IMG_1525


さまざまな想いが諏訪の春空に広がっていた。
南無阿弥陀仏。
今日も行く。
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