悠久の地・タイ・・・Vol.1149

タイは日本人ともかかわりが深い。古くは山田長政の日本人町なども存在し、第2次世界大戦などでの悲惨な出来事もある。が、人々は“微笑みの国”で温和で柔らかだ。今も変わってはいないだろう。悠久の時を刻む寺院も変わらず、そこにあるのだろう。1989年、エメラルド寺院。小乗と大乗の違いはあるが同じ仏教国、とても親近感を覚えたものだ。金ぴかの寺であっても、厳かな気持にしてくれたものだった。鉢に咲く蓮も“混沌や無常”を...

バンコック・スラムの男たち・・・Vol.1148

好きというと語弊があるが、裸だからといわけじゃない、多分裸の素の生き様に親近感を覚えていたのかもしれない。遠い昔のことだ。1989年、バンコック。スラム街。好きで昼間からばくちをやっているわけでもないだろう、仕事にもありつけないのかもしれない。スラム街を出たあたりも、街は綺麗とは言えない。郊外へ続く道からも豊かとはいえない川沿いの家並みが続いていた。今はどうなっているのだろうか。...

スラムの親父さん・・・Vol.1143

マニラ、フィリピン、1989年。リオのファベーラでもそうだったが、マニラのスラムでも同じだった。外にいると、怖そうで危なそうで”ヤバイ感じ“が漂う。が、一歩中に入ってしまえば、そこは人間同士、居心地はわるくない。コチラは明らかに異邦人、それも暇そうな旅行者だ、身なりは立派ではないが、彼らから見ればチョット高そうなカメラなども持っている、多分金だって少しは持っている。“この野郎”となってもおかしくないと、こ...

マニラにて・・・Vol.1142

旅に出るときに絵葉書代わりにこのブログを始めた。そんなことでブログ村「世界半周」ランキングに参加した。「世界一周」はしていないので嘘になる、「半周」というのがあったのでこちらは資格があるか、と思ったのだった。これはランキング参加者が少ないせいか、ズーッと1位を走っている。嬉しいものだ。しかし、最近は少しうしろめたさも感じている。このところ、海の向こうに行くことはなく、家の周りをウロウロ回っているば...

甘いミルクティーを入れる男・・・Vol.957

やはり、ケープコモリンでのことだった。カフェで驚いた。カフェといっても紅茶を置く台があるだけのような屋台(雑貨屋)だったが。銅製の小ぶりの子杓を持って頭の高さ以上に持ち上げた。右手にひとつ、左手にひとつ、だ。持ち上げたと思ったら、その高さからいきなり同時に零し始めた。下の台上においたコップに液体が注がれた。茶色と白の2条の滝が見事に小さな滝つぼ(カップ)に、滝しぶきひとつ外に飛び散らず、収まってい...