甘いミルクティーを入れる男・・・Vol.957

やはり、ケープコモリンでのことだった。カフェで驚いた。カフェといっても紅茶を置く台があるだけのような屋台(雑貨屋)だったが。銅製の小ぶりの子杓を持って頭の高さ以上に持ち上げた。右手にひとつ、左手にひとつ、だ。持ち上げたと思ったら、その高さからいきなり同時に零し始めた。下の台上においたコップに液体が注がれた。茶色と白の2条の滝が見事に小さな滝つぼ(カップ)に、滝しぶきひとつ外に飛び散らず、収まってい...

伸びる男・ケープコモリン・・・Vol.955

昔、ゴアからトリバンドラム、そして汽車とバスでインドの最南端・ケープコモリンに向かった。バスの運転手には度肝を抜かれた。乱暴な運転でも「止まってからお立ちください」などということは当然ながら一切ない。普通にバスは走った。画家のサルバドール・ダリには当然会ったことはない。が、バスの運転手は、彼のヒゲを彷彿とさせた。写真などで見るアレだ。だが、運転手の凄さはヒゲではない、耳ヒゲとでも言おうか、ダリのヒ...

リスボンの波止場にて・・・Vol.893

師走に入った。そろそろやってくる。忘年会やクリスマス、大晦日、あっという間だ。3日は、J1・CS第2戦・決勝レッズ対アントラーズがあり、地域では小中学生のマラソン大会、4日に福岡マラソン、そして8日からはサッカー・クラブW杯が始まる。"お楽しみは これから!” というわけだ。生ロナウドを見てから、もう8年になろうとしている。生ジダンを見るのは2002年の韓国以来だから、もう14年が過ぎた。今年の欧州...

「アジアを歩く」をバッグに入れて・青春の異国・・・Vol.747

今から半世紀近く前、小田実の『何でも見てやろう』を夢中で読んだ。五木寛之『さらばモスクワ愚連隊』『青年は荒野をめざす』も読んだ。これは内容もさることながらタイトルの響きに誘われた。もともと、見知らぬ土地を歩いてみたいという願望は強かった。地図を眺めるのも大好きだった。これらは今もあまり変わっていない・・・。青春時代は、恰好をつけていえば「生きる意味」も探っていた。そして、日本を飛び出した。まだ、1...

Eat at Joe's、青春のNEPAL・・・Vol.746

王子の駅前広場近くのネパール料理店「NEWA PASA」から戻って、「Eat at Joe’s」を思い出している。金とパワーはないが、時間はある。もっとも、若者に比べれば残された時間は少ない、が、今使える時間は多い。というわけで、回想にふけったりしている。写真は出てきた。「旅のメモ」が出てこない。捨てないで残しておいた当時のバイブル『アジアを歩く』は本棚にある。うろ覚えだが、ヨシッ、これで思い出してみよう、というわけ...