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In Wine ・・・Vol.2001

「たまにはうちの方に出てこないか?」と友人N。「Kにも連絡しておく」とN。そんなことで昨日は武蔵小山まで出かけた。「飲み過ぎないように!」と妻。「もちろんだとも!わかってるよ」と私。Nの会社で冷酒を少々やってから、Nの行きつけに場所を変えた。「まずはここのアスパラ!うまいんだ!」から始まった。「おおっ、ホントにうまいなあ!」とKと私。それからそれぞれのアスパラ話が始まった。「ドイツの白アスパラも旨かった...

2000回記念日・・・Vol.2000

ブログを始めてから5年5か月ばかりが過ぎた。今日で2000回アップしたことになる。よくあるように人生を旅に見立てて、思いつくまま気まぐれに書こうと、旅日記としたが、自分でもよく続けることが出来たと感心している。書かない日もあり、1日に何本も書いたこともあるが、平均すると毎日1本書いてきた勘定だ。辞めようなどと思ったときに、隣のトトロさん(実際に隣に住んでいる御主人だった)から、「毎日書くことが大事」などと...

あこがれ・・・Vol.1999

知らない街、は無性に歩いてみたい。そのせいか地図を眺めることが無性に好きだ。だが、名所旧跡を訪ねたいということでもない。あれば立ち寄ってはみるが、それが目的というわけでもない。ココは、どんな風景が広がっているのだろうか、その場所に至る道端の景色はどんなだろうか、ソレを知りたい見たい、興味の一番は、ただそこにあるように思う。異国への関心は、最初は本、そして映画やテレビで観る風景などが加わり、高まって...

それぞれの母国・・・Vol.1998

皆、国や場所を自分で選んで生まれてきたわけじゃない。どんな政治体制か、荒涼とした荒れ地か、緑豊かな国か、宗教は何か、貧しい家か富める家か、長じれば選択が可能な人もいるだろうし富むことが出来る人もいるだろうが適わない人もいる。是非や好き嫌いは別にして、いずれにしても、生まれたところが故郷となり母国になる。愛郷心や愛国心が生まれる。他人を信じていたら足元を掬われるところに生まれる人もおり、近隣と助け合...

親日国からの使者・・・Vol.1997

親日の国の話題は気持ちが和やかになる。先日、姉夫婦と私と妻で上田市立美術館サントミューゼの絵画展に出かけた。従兄が個展を開いていて、「今年が最後かもしれないらしいわよ」と姉が言うので一緒に行って来たのだった。帰りに寄ったレストランで、義兄の姪が結婚し、相手はインドネシア人だという話になった。大の日本好きらしい。「面白い人で・・・」とひとしきり彼のことで話に花が咲いた。昨晩は、新宿で台湾からやって来...

ナスとキューリとレインボウ・・・Vol.1996

「こんな天気で、ナスやキューリは全滅に近いが、ミニトマトやインゲンはなんとか大丈夫、好きなだけ採って」と義妹が言うので、用意してくれた篭を持って畑に出かけた。流石に好きなだけとはいかず、2~3日分だけをいただいた。畑の向こうには虹が出てコスモスが揺れていた。令和元年8月14日(水)、田舎にて。台風10号の影響で天気は不安定だが、久々に虹を見た。六義園脇に住む友人が「四季」に嵌まっていて、いろいろな方の「...

HANAZUKA シェフ杉原・深夜食堂・・・Vol.1995

Jr八王子駅北口に出て、歩いて2分、三崎町の東横イン脇、割烹むらやま前にある。HANAZUKA シェフ杉原の看板が出ている。映画「深夜食堂」がイイネ!と言うことで、先日までは深夜食堂と名付けていたが、替わっていた。深夜食堂→シェフ杉原、となっていた。じつは深夜食堂という名には魅かれていた。雑然とした多国籍料理の雰囲気が感じられたからだ。狭い階段を上がり、店に入る。何とそこには白を基調にした南欧風とでもいおうか...

浅草ちんや・・・Vol.1994

週末に暑気払いに浅草へ出かけた。メインは、雷門のすぐ脇、大通りに沿って西に10mくらい行ったところにある「ちんや」ですき焼きの老舗。20人ばかりだったので、話も弾み、肉も酒もお替りが多かったようだ。お腹も膨れ、したたかに酔ったが、やはり浅草とくれば、もう1軒となる。次のメインは、やはり伝法院わき、ぐっと庶民的賑わいの一角に向かった。冬場は、寒いので、ビニールで客席を覆う。ビニールの中の黄色い灯りなどが...

“みやげ話”・・・Vol.1993

富士宮市の富士山世界遺産センターにより、沼津で干物センターに寄って帰路に着いた。干物センターで思い出した。4年前だろうか、やはり団体旅行でここに立ち寄ったことがあった。「このとろろ昆布は一味違うよ!ホレホレ、おまけだ、どんどん詰めてやる」と言う声がした。同じ親父が同じ位置で同じ講釈をしていて思い出したのだった。前回は調子に乗せられて2パックだか3パックだかを買って帰ったものだったが、家ではそれほど...

同じ空の下に・・・Vol.1992

旅行2日目は、下部温泉から一気に南へ下った。1時間ほどで清水の街中に入り、30分弱で日本平に到着した。新国立競技場で一般にはすっかり有名になった隈研吾氏の設計による「夢回廊」が目的地だった。回廊に立つと向こうに富士山が浮かんでいた。昨日は雲の中で見えなかったが、今日は周りは雲に覆われていたものの「ああ、あれが富士山だな」と誰にも分った。友人IMが時々散策する興津、「たぶんあそこあたりかな」などと思い眺め...

裕次郎・・・Vol.1991

下部温泉は信玄の隠し湯などとも言われて名高いが、このホテルの売りはもう一つあった。往年の大スター石原裕次郎だ。昭和30年代中ごろに1か月ばかり滞在したという。ロケではなく、療養に来て過ごしたのだそうだ。当時の写真やブロマイドが所狭しと売店の壁に貼ってあった。主演した「太平洋一人ぼっち」のポスターなども貼ってあった。痛みとれ 別れ惜しむか 下部の湯玄関脇には裕次郎の歌が刻まれた碑が立っていた。令和元年8...

トリたちもウェルカム?・・・Vol.1990

宿に着き、部屋に荷を置き、一服しに指定の場所に行き、また部屋に戻って窓際の椅子に腰かけた。「あれっ、サギじゃありませんか!」と私。「そう、わかった?」と同室の者が笑顔で言った。「着いた時から、ずっとあの姿勢で動かないのです」と彼。枯れ木の上に巣をつくり、悠然と遠くを見つめていたりしている。恋女房の帰りを待っていたようだ。翌朝は、増えていた。あちこちに住み着いているようだ。「10数羽いますよ」とホテル...

夏雲の清泉寮・・・Vol.1989

昔からここのソフトクリームは有名だ。久々に訪れたが、やはり皆「ソフトクリーム」が目当てのようだ。長蛇の列が出来ていた。牧場の向こうには、夏の雲が浮いていた。「私の浮雲だ!」などと声をあげたくなる。親雲。子雲。親雲は、最初の写真では、左側にある金ケ岳(1764m)の上に浮かび、その中に富士山が隠れている。最初の写真の中央、一番奥の山が毛無山(1964m)で、今日の夜はあの山の右下あたりにある「下部温...

清里高原ホテル・・・Vol.1988

ホテルには少し雰囲気の良い喫煙所があった。今時珍しい。が、私のような愛煙家にはとても嬉しい。でも、ここで煙草を寛いで飲めたのは、少し前までのこと。規制が入ってからは矢張りココ。脇に隔離された。嫌いな人にはここでも許せないだろうなと思うと、ホテルの勇気に脱帽だ。   窓から外を見ると池が見えた。一周15分くらいだというから、1kmくらいあるだろうか、清里のホテルの中にこんな池があるとは知らなかった。こ...

1泊旅行・何処へ・・・Vol.1987

朝7時40分に電話が鳴った。表示を見るとボランティア仲間のKさんからだった。「こんな朝っぱらから何だろう?何かあったかな?」と思って恐る恐る電話に出た。「今、どこ?」と聞いてきた。「今ったって、家にいるけど」と私。「えっ、早く来いよっ!」とK。「何だよ。まだ起きたばかりで、コーヒーを飲んでいるところだぜ」と私。「何言ってるんだ!今日は旅行だろう!」とKが声を大きくした。「エッ!」と今度は私が大声を出す番...

故郷にて、あるいは晩年の一日・・・Vol.1986

澗水聲無く竹を繞りて流れ  竹西花草春に弄(たわ)むれて柔らかなり茅檐(ぼうえん)に相対し坐すこと終日  一鳥鳴かず山更に幽なりサラサラという音もなく、竹林の中に小川が巡って水が流れている。竹林の西側には草花がソヨと揺れ、心がほぐれる。茅葺きの庵の軒先に座り、一日中ただそこに居る。鳥の声は一つとして聞こえず、山はいっそう厳かだ。といったところだろうか。やはり王安石で題は「鐘山即事」。望郷の念やみがた...

望郷・・・Vol.1985

京口瓜州一水の間  鐘山只隔つ数重の山春風また緑にす江南の岸  明月何れの時か照らさん我が還るを王安石の「船を瓜州(かしゅう)に泊す」:都に出、緑濃い山水の美しい故郷を想った歌だ。生まれ処は変わり、風景も違い、山のない都会生まれもあるが、皆それぞれに心の奥深くには、想いがあって、それが人のアイデンティティーに深く関わっている、ともいう。夏は、なぜか、心が遠くへ誘われる。鐘山ではなく八ヶ岳で。令和元年...

どんだけ~最初の日・・・Vol.1984

禅の冊子が届いたせいか、お盆が近づいてきたせいか、神妙になったり、人生をチョットだけ思って見たり、望郷の文字なども浮かんで来る。どれだけ多くのことが出来るかではなく、どれだけ愛をこめて出来るか何をしたか、何をやったか、ではない。愛をこめてやったか、人生これが大切です。と、たしかマザーテレサが言ったと覚えている。ちなみに、イッコーではないが、ちいさいころは「どれだけ」を「どんだけ」と言っていた。これ...

無道人之短・・・Vol.1983

定時に起きてお経などをあげることはできないが、そういうような行動をしている人たちの話などを聴いたり読んだりすることは好きだ。今日も近所の寺から『禅の友』が届いた。今号の酒井大岳師の「ことば」は、唯仏与仏で、「ただ仏と仏あるのみ」という意味だそうだ。kさんは、毎朝家の前を通学していく女の子(小4)に声をかけていた。「運動会か、転んでも泣かないんだぞ」とか、その都度言葉を変えていたそうだ。10年後に、そ...

時の流れと令和の風・・・Vol.1982

つい先日まで、TVなどで大騒ぎして取り上げていたが、急に報道もされなくなったような気がする。今のTV報道などは、そんなものかもしれない。N国と令和維新関連ニュースのことだ。“N国”と誰が縮めたのかしらないが、彼らの主張は別にしても、IS(イスラム国)を連想し、悪意のありそうな呼び名で、気分は良くなかった。維新の2人の議員の登場については、昔のことを思い出していた。「ある社会が、その構成員のいくらかを締め出すよ...

南無・・・Vol.1981

「鯉が全部、死んで浮いていたわよ、昨日」「役所の人が掬って処理していた」「水質検査もしたが、異常はないそうよ」「この猛暑で水温が上がり過ぎたらしいわ」今朝、5時ころ愛犬の散歩に行き、戻って来た妻が、イヌともから聞いた話を私に聞かせてくれた。湯殿川の鯉だ。和合橋と御霊神社の中間あたりに小さな池のような水たまり場所があって、大きな鯉が4匹、すこしちいさいのが1匹ばかり住みついていた。もう1か所、御霊神...

ビートルズ・・・Vol.1980

「お前も行って来たか?」とロン毛の同級生は言った。「?」「どこへ」と私。「なんだ行っていないのか・・・」「ビートルズだよ、ビートルズ! 東京だ」とロン毛。ロン毛は、群れるのを嫌い、いつも孤高の人のようだった。ギターを背に負って大きなバイクに乗っていた。フォークソングあり、ベンチャーズあり、ブルコメもいて弾孝作もいた。ややあってグループサウンズ花盛り、そんなころにちょっと変わったロン毛の彼がいた。そ...

プレスリー・・・Vol.1979

ほかにも、まだ気になる先生がいた。P先生だ。陽気で明るかったが、最初はそこが軽く見えて、今でいえば「チャラ男」、あまり好きなタイプではなかった。思えば、多感な田舎の高校生だったなあと苦笑する。出会いの最初はみな「にくにくし」だったようだ。Pが、夏休み後のある日、派手なネクタイをしてきた。「ホラっ、見て見ろ」とネクタイの裏を見せた。Love Me Tender と書いてあった。「気障な奴だなあ」と思ったが、嫌いでは...